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2018年01月12日

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

ジブリの「風立ちぬ」という映画は、面白いという人も多いですが、意味がよく分からなかった、という人も多いのではないでしょうか。「風立ちぬ。いざ生きめやも」という言葉の意味、途中で出て来たドイツ人は誰かなど「風立ちぬ」を楽しむ秘訣をご紹介いたします。

ジブリの「風立ちぬ」が意味不明な人への解説

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

ジブリの映画はストーリーがしっかりしていて最後にハッピーエンドになるものが多いです。「風立ちぬ」はそんなジブリ映画の中では異質な作品だと言えます。

「風立ちぬ」には明快なストーリーラインは存在しません。エンジニアを目指す少年が才能を開花させて夢を追っていく様子と、美しい少女が恋をして病に倒れる様子が第二次世界大戦へとなだれ込んでいく世相を背景にして比較的淡々と描かれて行きます。

零戦の生みの親である天才エンジニアである堀越二郎をモデルにした人物を主人公にし、堀辰雄という小説家が描いたキャラクターをモデルにした人物をヒロインとして作られた作品です。

堀辰雄とは誰か

「風立ちぬ」という小説を書いた小説家です。感傷的な小説を書くのが得意な小説家とされており、大変人気がありました。1904年生まれで「風立ちぬ」が発行されたのは1938年です。サナトリウムと呼ばれる結核患者の隔離施設が舞台になっています。

堀辰雄が書いた「風立ちぬ」は婚約者であるヒロインと共に過ごしつつ、彼女の死を覚悟していく過程が美しい風景とともに描かれた小説です。

ジブリの「風立ちぬ」で主人公がつぶやく「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、堀辰雄の小説では冒頭に記されています。「風が吹きはじめた。生きよう、しかし」という意味です。

零戦を作った人は誰?

堀越二郎です。東大の航空学科を主席で卒業後、三菱内燃機に就職した秀才です。1903年生まれで、1982年1月11日死去しています。

映画で主人公は汽車に乗っているときに地震に遭います。あの地震は「関東大震災」です。関東大震災は1923年に起こっていますので、堀越二郎はこの地震を映画と同じくらいの年齢である20歳の時に経験していることになります。

ヒロインの年などから考えて作中の時期は1923からの十年程度と考えられます。1940年に零戦の運用が開始され、1941年に第二次世界大戦が始まります。終戦は1945年ですので、映画の最後のシーンで既に戦争が終わっていたと考えると主人公は40代を迎えている計算になります。

ヒロインにはモデルが居る?

堀辰雄は「菜穂子」という小説を書いています。この名前が「風立ちぬ」のヒロインの元だろうと考えられます。

余談ですが堀辰雄の「風立ちぬ」においてサナトリウムで死んで行くヒロインの名前は「節子」です。

途中で出て来たドイツ人は誰?

途中で出て来たドイツ人、カストルプの正体は、 ドイツ系ロシア人のリヒャルト・ゾルゲだとされています。ゾルゲは1930年代にドイツの新聞社の特派員を装って日本に入国していました。主人公らが特高に追われたのはこの人物と接触したためです。

ゾルゲはドイツと日本に潜入し、これらの国々の情報を掴み、暗号化して祖国であるソ連へと送っていました。ゾルゲ自身は日本がソ連へ侵攻することを防ごうとしたと考えられています。

作中では偶然を装って才能あるエンジニアである主人公に近づき、これを特高に逮捕させることで新型飛行機の開発を遅らせるという意味があった可能性があります。

ゾルゲは終戦前年の1944年に日本にて日本の国益を損なったとして絞首刑に処されました。

避暑地で流れた歌は何?

ゾルゲがモデルとされるドイツ人カストルプが避暑地でピアノを弾き歌った歌を覚えているでしょうか。あの歌は、ジブリのオリジナルではありません。「会議は踊る」というドイツ映画の中に出て来る「ただ一度だけ」という歌です。

「会議は踊る」は1931年に制作されたドイツ映画です。ナポレオン失脚後の1815年に開催された「ウィーン会議」を背景に、ロシア皇帝アレクサンドル1世と、ウィーンの町娘クリステルの恋を描いた映画です。「ただ一度だけ」はクリステルが歌う歌です。

「人生にただ一度。明日にはもう消え去っているかもしれない。人生にただ一度。花の盛りはただ一度」というような意味の歌詞の歌です。

カストルプは菜穂子の心境を思いやってこの歌を歌ったのか、あるいは危うい状況にある自分を思って歌ったと考えられます。

「風立ちぬ」の時代背景

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

「風立ちぬ」が意味不明だ。と感じる理由の多くは、作中の時間軸のストーリーを追って楽しむのではなく、そこから先に起こることを想像しながらそのシーンを見て「切ないな」と感じる、というような感動の仕方を楽しむ作品であるという点にあります。

「もうすぐ戦争が起こりそうな中で、自分の夢のために戦争に使う道具を作っているという状況に対する葛藤」と「結局その戦争には負けるという事実」がメインテーマになっています。

夢の中で繰り返される「飛行機は美しいが呪われた夢だ」という台詞は、主人公の夢である零戦は完成するが最終的に特攻に使われ、日本が無残に負けるということまでを意味していると考えられます。

また、当時喀血するような結核は治る見込みがなかったため、喀血の時点でヒロインもいずれ死ぬということが見ている側にもわかるようになっています。もうじき死ぬ人と結婚するというのは切ない状況です。

冒頭の地震は何?

「風立ちぬ」の冒頭の地震は関東大震災です。関東を中心として大きな被害を出した地震です。

「風立ちぬ」のラスト・最後・エンディングの意味

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

「風立ちぬ」で菜穂子がサナトリウムに帰って行ったのが1930年代の半ば程度だったと考えると、5年後に第二次世界大戦が始まり、10年後に敗戦します。

「風立ちぬ」の最後の夢の中で主人公は「創造的な人生の持ち時間は十年だ」と言われます。そのままの意味である可能性もありますが、「十年」を現実世界に照らすと、日本が大国になるという夢を見てその夢が破れるまでの期間を意味していることになります。

主人公に照らすと、零戦の製作にとりかかり、完成し、その零戦を使った戦争に負けるまでの期間を意味していることになります。

「風立ちぬ」の言葉の意味

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

「風立ちぬ」という言葉は、「風が吹き始めた」という意味です。「いざ生きめやも」という言葉の意味は、「さあ、生きようか、しかし」です。「生きめ」は「生きよう」という意味ですが、「やも」はそれを否定を意味する言葉です。「生きないとな、でも無理だろうな」というような意味を持っています。

「風立ちぬ。いざ生きめやも」は「風が吹き始めた。生きなくては。だが生きられないだろう」という意味とも取れます。堀辰雄が書いた「風立ちぬ」という小説は、ヒロインの死に向き合っていく過程を描いたものですので「生きられないだろう」という意味でこの言葉を冒頭に持ってきたとも考えられます。

映画ではラストでヒロインは「生きて」と言っています。「生きて欲しい」という願望を示す言葉で、「生きられないだろう」というニュアンスはありません。

フランス語

「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」はヴァレリーの詩の一節です。当時の知識人には有名な一節で、意味を知っている人がほとんどでした。このフランス語の意味は「風が吹いて来た。生きようと試みなくてはならない」です。

この一節が有名であったために当時の人は「風立ちぬ。いざ生きめやも」を呼んだ時にヴァレリーの方の「生きようと試みなくてはならない」という意味と、「生きられないだろう」という意味を同時に味わう形になったと考えられます。

「風立ちぬ」の効果音の意味

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

「風立ちぬ」では、効果音が人の声になっています。リアルな音を探して持ってくるのではなく、人の心の中にあるイメージとして音を当てようという意味があったとされています。

「風立ちぬ」を楽しもう!

ジブリの「風立ちぬ」の意味・解説|ラスト/ひこうき/言葉

「風立ちぬ」は難解だと言われています。これは、作中の人物がこれから第二次世界大戦に巻き込まれていく、そしてその戦争に負ける、という時代背景を理解して、作中の時間から続く未来を想像しながら見ることで感動できるという作品だという点が大きいです。

「風立ちぬ」の時代背景や、キャラクター達が話す言葉の意味などを調べてから見るとぐっと面白く感じられるでしょう。

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