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2018年02月15日

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

ヘンリーエイブリーは、海賊の黄金時代と呼ばれる時期に活躍した大海賊の一人です。ムガール帝国のガンジサイ号を撃破し、莫大な財宝を得て、海賊王と呼ばれるようになりました。そんな彼の一生はどんなものだったのか、またどう言った人物だったのかを紹介します。

ヘンリーエイブリーの人生

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

「黄金の海賊時代」に活躍し、「海賊王」とまで呼ばれたヘンリーエイブリーは、署名でヘンリーエイブリーと名乗っていますが、ジョン・エイヴァリという名前でも知られています。

ヘンリーエイブリーの海賊としてのキャリアはわずか2年程ですが、その短い期間に強烈な活躍をし、莫大な富を得たことにより、さまざまな海賊たちに影響を与え、また今でも人々の想像力をかきたてています。

そんな彼の人生はどんなものだったのでしょうか。

ヘンリーエイブリーは船乗りだった

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

ヘンリーエイブリーは1659年にイングランド南西部のニュートンフェラーで生まれました。1689年から1690年にかけて王立海軍に勤め、退役後は奴隷取引などに関わっていました。1694年、スペインの私掠船チャールズ2世に航海士としてフランスの密輸業者と戦うためにカリブ海を目指しますが、全く給料が払われなかったため、船員たちが反乱を起こします。

そこで、ヘンリーエイブリーがキャプテンとなり、チャールズ二世はファンシー号と名前を変えて、インド洋へ向かいます。海賊ヘンリーエイブリーの誕生です。

ムガール船を襲撃し莫大な富を得る

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

インド洋へ向かう途中に西アフリカ海岸で5隻の船を奪い、また、他の海賊たちと同盟を組んで勢力を増したヘンリーエイブリーの海賊団は、マダガスカル島周辺で、当時ムガール帝国がメッカ巡礼のために毎年出していた船団を襲撃します。

デッキで何時間にも及ぶ戦闘が行われましたが、海賊が勝利し、ヘンリーエイブリーはムガール船に積まれていた財宝を手にします。その財宝の金額は60万ポンドです。当時の船乗りが生涯働いて500ポンド稼いでいたと考えると相当が額です。ヘンリーエイブリーはその一度の襲撃だけで、当時の海賊の中で一番富を持った海賊となりました。

富の分配

ムガール船の襲撃により得た財宝を分配する際に、ヘンリーエイブリーは18歳以下の者にも500ポンドを与えました。上でも述べたように、船乗りが一生稼ぐ額です。また14歳以下の者には船を降りて陸でまっとうな生活ができるように、それに追加で100ポンドを与えます。このように仲間には手厚い待遇をしていました。

しかし、すべての財宝を奪われたムガール船の乗組員のほとんどは殺され、女性は暴行されました。女性の中には海賊たちに暴行される前に海に飛び込み、自殺した人もいます。

仲間には手厚いが、敵には容赦がない。ヘンリーエイブリーのいかにも海賊らしいエピソードです。

ヘンリーエイブリーにかけられた懸賞金は1000ポンド

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

ヘンリーエイブリーのこの襲撃はイギリスとムガール帝国との関係に深刻な影響を与えます。ムガール帝国は、イギリスの貿易会社である東インド会社の社員を投獄します。これによりヘンリーエイブリーは、イギリス政府と東インド会社に1000ポンドの賞金をかけられてしまいました。

ヘンリーエイブリーはその後、バハマやジャマイカなどカリブの総督に賄賂を贈り、赦免状を求めますが、受け入れられませんでした。

その後の彼の足跡は謎に包まれており、ひっそりと故郷のアイルランドへ帰ったとも、仲間に裏切られ富を失い乞食になりのたれ死んだという寂しい最後が語られる一方で、詩人たちに「幸福な海賊」と謳われ、皇帝の娘と結婚し王となっただとか、強大な武装船体を率いる大海賊になったという伝説が語られています。

どちらにしろ海賊ロマンあふれるヘンリーエイブリーのエピソードは多くの人々の想像力を刺激し、今に語り継がれています。

海賊王ヘンリーエイブリー

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

一度の襲撃によって、莫大な富を得たヘンリー・エイブリーは上記したように、多くの人々が彼に影響を持ち、海賊として海に繰り出しました。またその謎の多い最後から、エイブリーの財宝がどこかに隠されているのではないかという伝説もたくさん語られます。

そんな人々の彼の成功への憧れから、ヘンリーエイブリーは「海賊王」というあだ名で呼ばれるようになりました。

ヘンリーエイブリーの墓は一体どこにあるの?

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

このような海賊行為により莫大な富を得た彼の墓は一体どこにあるのでしょうか。ヘンリーエイブリーの最後が謎に包まれているため、墓の場所は見つかっていません。もしも見つけることができたら、彼の遺体はとんでもない財宝とともに眠っている可能性があります。

ヘンリーエイブリーのその後の伝説

もしもヘンリーエイブリーが、ひっそりとアイルランドへ帰ったり、乞食として野たれ死んでいたら、墓はもう残っていないか、「大海賊」「海賊王」の名とは裏腹に小さなものでしょう。

ですが、人々が伝説によって語り継いだように、海賊たちのユートピア「リバタリア」を築いたとすれば、「リバタリア」がつくられたとされているマダガスカルに彼の墓があるということができます。

海賊たちのユートピア「リバタリア」

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

「リバタリア」とは、バーソロミュー・オリビエ・ジェームズことミッソンがマダガスカルに築いたとされる伝説の海賊たちの王国です。ヘンリーエイブリーをはじめ、トマス・テューなど名だたる海賊たちが仲間としてその建国に携わったとされています。

リバタリアってどんな国?

リバタリアは船の上で過酷な生活を強いられていた海賊たちにとって、理想郷でした。カラチオーニという思想家が語る「人間は本来自由で平等であり、それは人間として当然の権利である」という思想にミッソンは影響を受けます。そして、マダガスカル島北西のコモロ諸島あたりにアジトを築き仲間を集めたのがリバタリアの始まりです。

リバタリアはその精神性として、奴隷制や資本主義による搾取、国や人種による差別などを否定した理想郷でした。彼らは度々、近辺を通る奴隷船を襲い、奴隷を解放し、仲間として受け入れました。
この共和国は全てが合議制で運営され、法律は代議士たちによって作られました。厳しい封建制度の中で暮らしていた欧州の下級層の人々にとっても理想郷でした。

リバタリアの最後

リバタリアはマダガスカルの先住民たちの襲撃によって全滅してしまいます。リバタリアは上気したように、奴隷船を襲うなどをはじめ、外社会に向けては海賊行為を繰り返していました。その事で周辺の国からは敵意を買ってたことを理解していた彼らは、それに対しては警戒を怠っていませんでした。しかし、内陸部の先住民たちは別でした。

想定外の先住民たちの襲撃により、海賊たちの理想郷は最後を迎えます。主戦力であるミッソンや、トマス・テューなどの海賊が海に出ている隙に、住民たちは皆殺しにされてしまいました。

海から帰還したミッソンは、これを見てひどく落胆し、リバタリアを捨てて、欧州へ帰ろうとしたところ、航海中に遭難し、命を落としたとされています。

リバタリアの現在

海賊の理想郷リバタリアの存在が確かであったかを調べるために、多くの人々がマダガスカルを調べましたが、実在した証拠になるものは見つかっていません。これにより、現在はリバタリアもミッソンという人物も伝説だったのではないかという説が有力です。

しかし、当時、海軍や商船に乗る船乗りたちは、船の上で過酷な生活をしており、リバタリアンの話は夢のような存在だったことでしょう。また厳しい封建制度や階級制度、偏った資本主義から脱却することを夢見ていた下層階級の人々の憧れから、リバタリアンという理想郷が語り継がれてきたということができます。

今も語られる海賊伝説

ヘンリーエイブリーの墓・名言・一生とリバタイアの現在

海賊王ヘンリーエイブリーについて紹介してきました。彼の業績は物語として当時から語られ続けられていますが、最近では、人気のゲームシリーズ、アンチャーテッドでも『アンチャーテッド:海賊王と最後の秘宝』で、ヘンリーエイブリーの財宝をめぐるストーリーが描かれています。

今も海賊たちの伝説はさまざまな形で語られ、読む人の心を躍らしています。この記事で海賊に興味持った方は、ヘンリーエイブリー以外の海賊たちも調べてみるといいでしょう。彼らの伝説は、あなたをロマンに満ち溢れた海の冒険に連れて行ってくれることでしょう。

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