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必要悪の意味・必要悪の例・必要悪と絶対悪

更新日:2020年08月20日

「必要悪」「絶対悪」この二つの言葉は普段何気なく使われていますが、改めて説明するとなると、その言葉の意味や定義は意外と曖昧なものです。今回は殊に以外と知られていない「絶対悪」の語源を探り、「必要悪」とのかかわりを考察します。

必要悪の意味とその対義語について

1. 必要悪とは何か

必要悪とは、広辞苑によれば「悪ではあるが社会の状況からいってそれがやむを得ず必要とされる事柄」とされています。では、悪とはなんでしょうか。

広辞苑によれば、悪とは「①よくないこと。天災・病気などのような自然的悪、人倫に反する行為などのような道徳的悪の総称。正義・道徳・法律に反すること。中略 ②醜いこと。ふさわしくないこと。③おとること④好ましくないこと➄たけだけしく強いことを表す。」とあります。

さらに、法律的、哲学的概念からすると「悪」とは刑法学上の用語の「行為無価値」であり、「違法性の実質に於いて狭義の行為に着目して否定的な価値判断が下されたことである」とされています。

2.二種類の悪?

「悪」には、「道徳的概念上」のものと、「経済活動上」のものと二分されると考えてよいでしょう。刑法上の「行為無価値」または「反価値」の概念は、高度な経済活動を行う我々近代社会上の悪の概念であり、道徳上、または自然法上の悪の概念とは、通常分けて考えられています。

しかしながら、この2つの「悪」の概念は全く独立しているわけではなく、社会において両者は車軸でつながれた車輪のように社会通念や立法を行ううえで重要なものとなっています。

必要悪とは、この2つの「道徳上」と「経済活動上」において、ことに「道徳的観念上」、「価値のない、よくないもの」ではあるけれども、法的に違法なものではない。「道徳的にはよくない」と分類されつつ、一方では社会の運営上、「必要とされている行為」と考えられています。


3.対義語について

「必要悪」の対義語は「悪」と考えられます。この場合の悪は上記したように「道徳上」の悪と、経済活動上の「悪」とが存在します。法律上における悪の概念は自然法上の「悪」とは幾分違っています。

キリスト教やユダヤ教に見られる、モーセの十戒に刻まれた「汝人を殺すなかれ。」という文言は誰しも知っていて、また人類普遍の戒律でしょう。こうした戒律を「自然法」と呼んでいます。

しかしながら、刑法の一種である道路交通法の「スピード違反」などは、国や時代によって有無や差異があり、世界共通の、しかも人間の道徳的な内面からの発露としての法律ではありません。

「スピードを出す」ことそのものは、別段「悪」でも「善」でもないわけです。しかし、「人を殺すこと」という行為は、無条件で肯定されるものでもなければ、法的に規制されているから「違法である」と考えるものでもなく、自然法上、人間が普遍的に持っている道徳的なタブーととらえられています。

ですから、厳密には「悪」は2種類存在すると考えられます。必要悪の対義語である「悪」はどちらかといえば、人類の普遍的な「自然法に対応する概念である悪」といえるでしょう。

必要悪の具体例

規制と必要悪

薬というものは、なんであれ、体にとっては毒物であり、肝臓によって毒物として分解されます。原則としては「体によい薬」というものは存在しません。

ですが、「体に何らかのリスクを与えるが、それ以上に利益をもたらすもの」として捉えられ、合法化されたものは、医師や薬剤師など有資格者の厳重な管理指導のもと、投与されています。

心臓病のためのジキタリスのように、本来は猛毒ではあっても、その使い方によっては良い薬になる・・・といったものは、まさに「必要悪」のよい事例といえます。

この毒物に関して「薬事法」という規制をかけつつ、利益を得ようとする行為は、殺傷力を有する自動車に対して道路交通法という法的規制をかけ、その便利性を得て社会に有効活用しようという試みと類似しています。

必要悪とは、使いようによっては利益をえることができる「諸刃の剣」であると考えてもよいでしょう。

必要悪と絶対悪

1.辞書にない言葉 絶対悪

必要悪という言葉は、辞書にありますが、残念ながら「絶対悪」という言葉は辞書にはありません。造語の一種が、一般的に普及したと考えてよいでしょう。
では、「絶対悪」という言葉を造語ならしめた概念とはどんなものでしょうか。

恐らく、造語した主は、「必要悪」に対応する概念として、「人類が普遍的にもっている、悪の概念」の総称を欲して創作したのではないかと考えられます。

絶対温度や絶対音感のように、外的な状況と内的な感覚が、人類共通の絶対的なもの。必要悪が、バイアスのある悪なら、絶対悪は全くバイアスのない悪であると定義づけしたかったのかもしれません。

そして、どんな人間であっても、国境や時代を超えて「悪」と感ずるものが「絶対悪」なのだ・・・と定義して創作したものと推理できます。

そして、その「絶対的な悪」は、犯すべからざる揺るぎない正義を犯したものであり、寸分たりとも許す余地のないものと定義したかったのかもしれません。

しかしながら、近代においては、殺人すらも、合法化される場合があります。
まだまだ議論されていますが、「中絶」や「尊厳死」などの問題がそうです。

逆説的ですが、「議論を尽くさねばならない」と世界中の人間たちが考えるということは、うらを返せば「容易に」「無条件」で「人の命」を奪うことが合法化されてよいとは誰一人として考えていないからであるといえます。

ですから、「絶対悪」という概念は、上記に例をあげた「自然法上の悪」と同義語の造語であると考えられます。

2.合法化と必要悪・絶対悪

近代においては、この「自然法上の悪」である「殺人」すら「合法化」される場合があります。戦時における戦闘行為もその一つでしょう。

そう考えるとき、「絶対悪」とは、もはや「法律的な違法行為」としては存在せず、「道徳的」「宗教的」概念上のものと言えそうです。

絶対悪と思われる行為ですら、近代社会においては「必要悪」と分類され、合法化されていくといえます。

必要悪と絶対悪を比較したとき、必要悪は「近代法上の概念」であり、絶対悪とは「道徳的、宗教的概念」であるといえます。

この2つの概念上の悪は、政教分離によって近代社会は厳格に二分することを社会から要求されています。

3.宗教上の悪とは

宗教上、悪とされたものであっても、必ずしも一般社会の法治国家の中においては「悪」ではない事柄も存在しうるわけです。近代社会は罪刑法定主義をとっています。法律がないことがらに対して宗教上違反しても、それは法律違反にはなりませんから、宗教上は「悪」であっても、法律上は「悪」にならないという事例です。

必要悪という言葉は、本来は、法律のないところでは「悪」とみなされませんから、「悪」というラベルを貼ることは、ある意味「失礼」な話です。「必要悪」ではなく「必要な行為」と言われなければなりませんが、習慣上、「必要悪」という言葉が一般に知られているために、使用しているに過ぎないといえます。

堕胎に関して、日本は母体保護のために合法化されていますが、宗教上においては「罪」とされ「悪」とされ、法律と道徳の間に溝が生じています。

ですが、医療行為が他者を傷つける行為でありながら、合法化されるのは、その行為が及ぼす利益の部分が大きいためである所以です。

本来は他者を傷つける行為が、利益をもたらすとして合法化されることも、また「必要悪」の一種といえます。

こうなると、近代、現代社会は利益と不利益の折衝において、かつて古代における「悪」も「必要悪」として、随分「合法化」されていると考えられます。

時代によって「悪」は「必要」「利益」という側面から、「悪」ではなく「条件付き善」へと変遷をたどっているといってもよいでしょう。そして、それは自然法上の道徳的悪を示す造語「絶対悪」の範囲も縮小していっているといえます。

必要悪・対義語・絶対悪に関するまとめ

必要悪とは、「悪ではあるが社会の状況からいってそれがやむを得ず必要とされる事柄」であると広辞苑は述べていると冒頭に紹介しました。

そして、その対義語は、「悪」であり、「悪」には「自然法上の悪」と「刑法上」の2つの悪が存在するとお伝えしました。

さらに、この2つの悪の中でも、人類が普遍的に持つと考えられている「自然法上の悪」を表す造語として「絶対悪」という言葉が作られたと考えられます。

そして、この造語の「絶対悪」は、現代社会において、立法により、少しずつ「合法化」され、もはや「利便性」の前に飲み込まれつつあると考えられます。

初回公開日:2017年08月09日

記載されている内容は2017年08月09日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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