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「銭ゲバ」の言葉の意味と使い方
お金のためなら何でもする
過激な学生運動のことをゲバルトという隠語を用いて、主義主張が同じはずの学生同士で争うことを「内ゲバ」と略して呼んでいたことから、著者が「銭ゲバルト=銭ゲバ」と略してタイトルをつけたと想像されます。
「銭ゲバ」の意味の由来・語源
元は「銭」と「ゲバルト」を合わせた造語で、「銭」はお金のことですが「ゲバルト」とはどのような意味でしょうか。「ゲバルト」という言葉が持つ意味について考えていきましょう。
ゲバルト(Gewalt)は、ドイツ語
近年は物理的な腕力に限らず、心理的に責めたてる行いやモラハラなどの行為も精神的「暴力」とみなされていますが、「銭ゲバ」が発表された時代は、過激な学生運動も盛んで各地で実力行使のデモなどが行われていたという背景から「ゲバルト=物理的な暴力行為」という意味で用いられた言葉であると類推されます。
「銭ゲバ」に、ドイツ語「ゲバルト」を使う意味
当時の学生達は、普段からの会話の中にドイツ語の単語を交えることで、ある種の優越感にひたっていたと言われています。今でも「アルバイト(ドイツ語のArbeit=仕事)」など当時の学生が使っていた言葉が残っています。
「ゲバルト」は過激な学生運動から派生したドイツ語の言葉で、「銭ゲバ」はお金に対して主人公が過激な行為を繰り返していく物語なので、当時の世相と過激さを表す表現としてタイトルに「ゲバルト」を用いたのでしょう。
「銭ゲバ」と「守銭奴」の意味の違い
「守銭奴」という言葉をより詳しく掘り下げていくとともに、「銭ゲバ」との意味の違いを追っていきましょう。
「守銭奴」の由来とその意味
「L’avare」とはフランス語で「ケチな」という意味です。劇の主人公である老人・アルパゴンは金に異常なまでの執着心を示すケチな人物です。すでに恋人がいる自分の息子と娘を、金で他の人間と結婚させようとして娘と息子の幸福を妨げようとします。
しかし、自分は金に困っている息子の恋人に自分との結婚を持ちかけるという、物語の最後までアルパゴンの「ケチ=守銭奴」が重要な意味を持つ完成度の高い作品です。この物語の主人公・アルパゴンの徹底した守銭奴であることから、「金に目がない人」「金に汚い人」という意味で一言「守銭奴」と表すようになりました。
「銭ゲバ」と「守銭奴」どちらも「ケチ」のこと?
しかし、「銭ゲバ」は自分の金を一銭も出したくないわけではなく、「自分の目的のためならどんなに金を遣ってもかまわない」という一面を持ちます。ただし、自分のもとに金を引き寄せるためならあらゆる暴力行為の行使も辞さず、漫画「銭ゲバ」では主人公・風太郎は金のために人の命をも奪い、そしてそれを繰り返します。
「ケチ」という意味は、自分の持っている金や持ち物を消費することを極端に嫌い、快適さや必要な局面を犠牲にしてでも貯め込もうとする行いを意味します。「守銭奴」と「銭ゲバ」は、金の力にとらわれているという面では共通していますが、そのアプローチは正反対と言えるでしょう。
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ジョージ秋山著「銭ゲバ」とは
長野の貧しい家で生まれた主人公・蒲郡風太郎は生まれつき左目が醜く、酒浸りで働かない実の父親に蔑まれ続けて生きてきました。優しい母と親切な近所の青年と助け合いつつ育ってきましたが、父親がとうとう家に寄り付かなくなり、母は過労で病気になってしまいます。
医者を呼んでも「お金が無いなら薬は出せない」と一蹴され、失意のうちに母は他界し、風太郎は「金さえあれば」と金に対して強い執着を抱きます。そして人の金に手をかけたところを、近所の青年に咎められるのですが、風太郎はその青年を殺めてまで金を奪い上京します。
「銭のためならなんでもするズラ」という決意を胸に、人を裏切り、人を殺め続けて手に入れた会社では、出し続ける公害を無視し、ついには政治家にまで登りつめていく衝撃の結末が圧巻です。
主人公、蒲郡風太郎は.幼少の頃、貧困で薬が買えず母をなくした。
それが契機となって、銭のためなら、ゲバルト(暴力)を振るいひと殺すことも厭わない男となってゆく。
「銭ゲバ」の誕生である。
平成リメイク版・テレビドラマ「銭ゲバ」
「俺は自分が間違っていたとは思わないよ」
金のために人を陥れ、人を殺し続け、金のために何度も窮地に陥り、金の力で這い上がってきた「銭ゲバ」の徹底して完成された価値観とその結末には、原作を知っている人も全く知らない人も心を動かされるでしょう。
ジョージ秋山さんの原作を読んだ上でのレビューです。
作風にマッチした挿入曲にしろ役者陣の演技にしろどれも素晴らしかったのですが、やはり一番評価すべきは脚本だと思います。
原作の漫画作品の長さは、幻冬舎から出版されている文庫本では上下巻程度。
それをよくここまで肉付けして全9話までストーリーを引き延ばし、かつうまくまとめたと思います。「映像化」に間違いなく成功している希有な作品です。
「銭ゲバ」の中の名言
「銭ゲバ」の中の心に残る名言と、名言に込められた意味をいくつか紹介していきましょう。
銭のためなら なんでもするズラ。
しかし風太郎自身、金という暴力を振るいつつ「本当にきれいなものとは何か」という意味に実は気付いていて、それでも「金の力が全て」という誓いから逃れられませんでした。「銭のためならなんでもする」と言いつつ、金の力に苦しみ抗っている風太郎自身の心の叫びが込められた一言です。
銭のためなら なんでもするズラ。
きれいなものしか 愛せないズラ。
この世に真実というのがあれば 金をかけて おいもとめるズラ。
わたしは 美しいものが すきズラ。
美しいひとの 心がほしいズラ。
だけど ひとの心が 美しいとは思わんズラ。
この世に真実というのがあれば
金をかけて おいもとめるズラ。
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銭ゲバは わたしだけじゃないズラ。
幼い頃の理不尽な経験から「金のためならなんでもする」と誓って「銭ゲバ」と呼ばれる身の上となった風太郎ですが、「銭ゲバ」ゆえに、裏切られ続ける風太郎の心の叫びがこの名言につながっています。
銭ゲバは わたしだけじゃないズラ。
どいつも こいつも きれいなことを ぬかしているが
みんな 銭ゲバズラ!!
「銭ゲバ」という言葉を理解し、自分の表現の幅を広げよう
「銭ゲバ」の主人公・蒲郡風太郎は「銭ゲバ」と呼ばれている自分を「その通りだ」と受け入れていながらも、ずっと金というゲバルト(暴力)では動かせないものを探していました。金では動かせないものを自分のものにしたい。真実があるならいくら使っても追い求めたいという悲しさが物語の完成度を高めていました。
暴力で主張を通そうとしたり、欲しいものを手に入れようとすれば、確かに暴力を実行した時は手に入るでしょう。しかし暴力という無理な行いが意味するものは、その時に得られるものよりはるかに救いがなく意味が薄いものではないでしょうか。これを機に「銭ゲバ」とは何かを今一度深く考える機会を設けてみてはいかがでしょうか。