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「堂々巡り」の意味と使い方・由来・類語・ことわざ・四字熟語

初回公開日:2018年05月29日

更新日:2020年03月07日

記載されている内容は2018年05月29日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

みなさんも、堂々巡りという言葉を一度は使ったことがあるでしょう。しかし、堂々巡りとは、本来どういう意味なのでしょうか。そこで今回は「堂々巡り」の由来や、言葉の意味、またどんな場面で使えばいいのか、さらに、類似語や例文もわかりやすく解説していきます。

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「堂々巡り」の意味と使い方

みなさんは、堂々巡りという言葉を聞いたことがあるでしょうか。また堂々巡りとは、本来どういう意味で、どんなシーンで使うのが正しいのでしょうか。

今回は「堂々巡り」の由来や、言葉の意味、またどんな場面で使えばいいのか、さらに、類似語などや例文などもわかりやすく解説していきます。

堂々巡りの意味

「彼女との会話は堂々巡りで先に進まない」「会議が堂々巡りで終わらない」

上記のように堂々巡りという言葉をよく使うシーンでは、意見や考え方が似ていて、いつまでも結論が出ず、同じことを繰り返してやっている状態をいうことが多いです。

また、「堂々巡り」という言葉は、前後の文脈や使用方法によって、多少ニュアンスが変わってきます。

堂々巡りに陥る

堂々巡りに陥るとは、悩み事などが解決されずに、精神的に逃げ場所を失うことや、出口がふさがれて追い詰められた時に使われる言葉です。

堂々巡りの応酬

こちらは、議論などで話がうまくまとまらずに、いつまでも終わらないエンドレスなやり取りで、よく使用される言葉になります。

堂々巡りの会話

堂々巡りの会話をしていると、同じようなことを違う表現に変えて会話しているだけなので、結論が出なくて疲れてしまうことが多いでしょう。

このようなことは、会社の会議でもよくあります。たとえば、議論の論点が発散したり、問題点が明らかになっていない場合に長く議論していても、結果は何も生まれない場合が多くなります。

会議の時間が長いから議論が適切にできたか、成果が出たかというと、それは全く別の話しであり、堂々巡りをしているだけであれば時間の無駄になります。

堂々巡りをしています

堂々巡りを英語で表すと、「go around in circles」になります。これは、文字とおり円形になってぐるぐると回るという意味です。

たとえば「They went round and round on the same problem for hours.」で「彼らは時間をかけて同じ問題について堂々巡りをしました。」になります。

goは行くという意味になり、round という英単語には、回って、回転してといった意味があります。

これにより、go round だけでもぐるぐる回転するという意味になりますが、さらにもう1つ、round をつけ加えれば、どうしようもなく堂々巡りするという強い表現になります。

「堂々巡り」の由来

「堂々巡り」の語源は、一つではないようですが、僧侶や信徒の方が願いごとを叶えるために、神社やお堂の周りを何度も回る儀式に由来しているとの話が中心になっている模様です。

また、中国のエピソードでは、苗字に「堂」の文字が入った、すばらしい腕を持った武芸者が二人おり、勝負をすることになったのですが、何日戦っても勝負がつかなかったことから、勝負のつかない闘い=いつまでも白黒はっきりしない、というような意味合いで「堂々巡り」と言われるようになったとも伝えられています。

清水寺が「堂々巡り」の語源になった?

実は「堂々巡り」と言う言葉が、京都の清水寺が語源だったということはご存知でしょうか?

清水には、七不思議と呼ばれている謎があり、その一つが本堂についた、爪で引っかいたような長く尾を引いたようにみえる傷だと言われています。

この溝は、別目弁慶の爪痕とも呼ばれていて、懐中電灯などなかった時代、夜に願かけで、お百度を踏む際に、怪我をしないように指で壁をつたったりしたとき、ついた溝だと言われています。

話の内容などが、ぐるぐる回って、なかなか解決の糸口がみつからないことを、話が堂々巡りすると言いますが、この堂々巡りという言葉は、清水寺の本堂をお百度参りで何度も行ったり来たりして巡ることから生まれた言葉だと言われる説もあります。

「堂々巡り」の類語

堂々巡りとは、ああでもない、こうでもないと、自分や他者の考えがぐるぐると同じところを行ったり来たりして、いっこうに解決策が浮かばない、という時に用いる言葉だということがわかりました。

それでは、堂々巡りと同じような意味で使われる言葉や類似している言葉はあるのでしょうか。

いたちごっこ

「いたちごっこ」も、堂々巡りと同じように「キリがないこと、徒労に終わる、不毛の議論」として使われていることが多い言葉です。

しかしその語源は違います。いたちごっこは、江戸時代後期に流行ったといわれる、子供の遊びから生まれた言葉です。

これは、二人一組となり、「いたちごっこ」と言いながら相手の手の甲を順につねっていくもので、両手がふさがったら下にある手を上に持っていき、また相手の手の甲をつねるというきりがない遊びでした。

このことから、互いに同じようなことを繰り返すだけで、決着がつかないこととして「いたちごっこ」と言い継がれるようになりました。

水掛け論

「水掛け論」の語源とは、お互いが自らの田んぼに水を引き込もうと争ったことだと言われています。

このことから、両者が自説にこだわって、いつまでも結論が出ない議論をして争うこととして使用される言葉になりました。

らちが明かない

らちが明かないの意味は、同じことの繰り返しで、進展が望めないこと、問題が解決しないことです。

らちが明かないの埒とは、低い垣根や柵のことで、馬を囲んでいる柵のことを、そう呼んでいました。また、区切りや仕切りの意味にも使われます。

しかし、なぜ敢えて「開」ではなく「明」の字を使用したかというと、物事を明らかにする、はっきりさせるという意味も秘めていたからです。

「堂々巡り」の意味のことわざ

ことわざと慣用句には定義がありません。したがって、この条件の言葉は慣用句で、この条件はことわざという形式はありません。

しかし、慣用句というのは2つ以上の言葉が結合し、その全体が一つの意味を表すようになっています。ですから、堂々巡りという言葉も「堂々」と「巡り」からなる慣用句といえるでしょう。

一方、ことわざというのは、生活をしていく上で役立つ知恵を含んだ言葉で、古くから言い伝えられてきた言葉が多いです。

それでは、堂々巡りと同じ意味のことわざはあるのでしょうか。

ことわざ・万事休す

万事休すとは、すべてはもう終わりで、手の施しようがないという意味で使われます。つまり、これ以上手の打ちようがなく、お手上げ状態ということになります。

切羽詰まったときや、物事が行き詰まったときにも使用するので、使い方によっては堂々巡りと同じ意味で使われることがあります。

堂々巡りの意味の四字熟語

ことわざが、昔から伝わる教訓や知識に関わる表現方法だとしたら、四字熟語は、四文字の漢字で構成された熟語で、ほとんどが中国の古典に由来します。

したがって、ことわざ的なものもあれば、慣用句的なものも含まれています。

それでは、堂々巡りと同じ意味を持つ4字熟語には、どんなものがあるでしょうか。

四字熟語・甲論乙駁

甲論乙駁(こうろんおつばく)とは、甲の人が論ずると,乙の人がそれに対して反論するというように、互いに自分の意見を主張して議論がまとまらないことを言います。

他にさまざまな意見が出て、論議がまとまらないことを「諸説紛紛・しょせつふんぷん」という四字熟語で表現する場合もあります。

敬語での「堂々巡り」の使い方

上司に限ったことではなく、人と話をしているときに同じ話がグルグル回っていたり、議論している中で堂々巡りをしていたりして、なかなか話の本題に入らないことや、本音で話せていないと感じて困ることがあります。

しかし、相手が上司だった場合、同じ話を繰り返しているような場合や、話題からズレた返事しかしてくれないとき、どのような表現をすれば良いのでしょうか。

敬語・一進一退

堂々巡りという言葉は、「一進一退」や「進展が見えない」などという言葉と置きかえることができます。

基本的に敬語は、相手に敬意を表す手段として用いることが多いです。ですから、たとえ完璧ではなくても、丁寧な言葉を心がける姿勢が相手への敬意として伝わるので、自然に使えるようになっておくと良いでしょう。

しかし、忙しい上司に対しては、なるべく上司の時間をつぶさないような質問のしかたを工夫するよう心がけることが大切になります。

したがって漠然とした質問をするのではなく「話が一進一退をくりかえしていますが、○○さんの意見を伺いたいと思いまして」など、相手の気持ちを配慮した言葉を選ぶようにすると印象が良くなります。

仕事での「堂々巡り」の使い方

会議などで、お互いの意見のぶつけ合いで議論が堂々巡りして、結論が出ないようなシーンがあるでしょう。そんなときは、事実に基づいて考えないと解決策が筋違いになってしまう可能性があります。

ですから、問題の原因を探りつつも 新たなアイデアを出すように導かなければ、適切な解決策にはなりません。

したがって、直接的に堂々巡りという言葉を用いなくても、「なかなか話の本題に近づけない」などの類似語で対応していくのが望ましいと言えるでしょう。

仕事の場で、客観的事実に対する情報と自分の意見を混ぜてしまうと、その意見といっしょに事実まで否定されてしまう危険があるので、言葉には注意する必要があります。

「堂々巡り」の対義語

堂々巡りという言葉は、悩みごとが解決されずに迷ったりおい詰められたりするときにも使います。つまり、物事がそれ以上進まない状態を指しています。

これに添って対義語を考えた場合、「進捗」「前進する」などという言葉が当てはまるでしょう。また、精神的な面で考えた場合、「悟る」「認識する」も対義語になります。悟るの対義語は「迷う」「悩む」です。

また、悟るの意味は、表面に現れていない物事の深い意味を知ることや、物事の真理について理解するということです。

堂々巡りという言葉は奥が深い

今回は、堂々巡りという言葉についてご紹介してきましたが、一つの言葉にも語源にはいろいろあることがわかりました。

堂々巡りの語源は、祈願のため信徒や僧侶がお寺のお堂の周りを何度も歩いたことから来ていると言われています。

それが現在も使用されている「同じことのくり返し」という意味で使われるようになったのは、繰り返すという部分を強調しているものだと考えられます。

したがって、会議や議論などが決着がつかずに長々と繰り返されているのを、ユーモラスにたとえたものと言えるでしょう。

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