気の毒というのは失礼なのか・「哀れ」「かわいそう」との違い
更新日:2024年07月20日
「気の毒」とは?
皆さんは、「気の毒」という言葉をご存知でしょうか。
誰でも一度は聞いたことのある言葉だと思われますが、実はこの言葉にはさまざまな意味が存在します。皆さんが普段使う意味の「気の毒」と一体どこがどう違うのか、興味のある方はぜひ読んでみてください。
気の毒の意味と使い方
まずは、基本的な「気の毒」の意味と使い方についてです。
一般的には「お気の毒さま」などというように、他人の不幸などに心を痛めること、同情することという意味で使われることが多いでしょう。また、自分が相手に対して申し訳なく思うときにも使われます。たとえば「気の毒なことをした」などです。
上記が大体の人が思い浮かべる「気の毒」の意味や使い方ですが、実はほかにも意味があります。たとえば、きまりがわるいことや恥ずかしく思うこと、などです。最近ではこのような意味の使い方をする方は少ないのではないでしょうか。
それというのも、元々「気の毒」という言葉は自分の心の痛みや苦しみに対して用いられていました。それが転用して、いつしか相手に対する同情や哀れに思う気持ちなどにも使われるようになりました。どちらかといえば今ではそちらの使い方のほうが一般的でしょう。
「気の毒」の語源
それでは次に「気の毒」の語源について説明していきます。
「気の毒」という漢字からもわかるように、本来は「心の毒になること」という意味で使われていました。毒を飲んだような嫌な気持ちや苦しい気持ち、という意味から来ている言葉です。
対する言葉に「心の薬」というものがあります。こちらは「心の保養になること」などを意味しています。これの逆が「気の毒」ということです。
ちなみに似たような言葉に「目の毒」というものがあります。こちらも率直に「目に害をもたらす毒のような存在」という意味です。毒という単語が使われる言葉というのは、やはり悪い意味のものが多いでしょう。
「気の毒」の類語
それでは次に「気の毒」の類語について見ていきましょう。
「気の毒」の意味については上述しましたが、ほかにも似たような意味で使われる言葉さまざまあります。多少のニュアンスの違いはありますが、場合によっては「気の毒」よりもしっくりくることもあるでしょう。
また、「気の毒」を文章中に使いすぎているためにほかの言葉に言い換えたい、というときなどにも覚えておくと便利です。
不憫
まず「不憫」という言葉です。
気の毒と同じような使われ方をされることが多い言葉のひとつです。実際、意味を調べてみても「かわいそうなことや気の毒なこと」と書いてありますので「気の毒」のかわりに使う際にです。
ちなみに「不憫」という言葉は元々「不便」と表記されていました。読み方も一緒でした。このことから「不憫」には「都合の悪いこと」という意味も含まれています。しかし現在では「不憫」と「不便」は意味も漢字も別々で使い分けるのが主流です。
痛々しい
次に「痛々しい」という言葉です。
こちらも多少のニュアンスの違いはありますが、「気の毒」と似た意味で使われる言葉です。ただ、気の毒よりもさらにひどい、見ていられないようなありさまを表しています。文字からもそれは伝わって来るのではないでしょうか。
ほかにも「心痛」など言い換えられます。「気の毒」もそうですが、「痛い」という単語が入る言葉は苦しい意味合いのものが多いでしょう。
「気の毒」に関する慣用句
次に、「気の毒」の慣用句についてです。
「気の毒」といえばそのまま使う方が多いでしょう。そのため、慣用句やことわざとして使用されることは少ないです。そのためあまり知られていませんが、「気の毒」に関する慣用句も実は存在しています。
ぜひこの機会に覚えておきましょう。
気の毒銭
「気の毒銭」と書いて「きのどくせん」と読みます。
意味としては「相手にとって気の毒なほど価値の低い銭」という意味で、一文銭の寛永通宝のことです。寛永通宝とは「かんえいつうほう」と読みます。江戸時代に流通したお金で幕末まで作られていました。これの一文銭ということですから、当時の価値はわからなくとも、なんとなく低いということは想像がつくでしょう。
初回公開日:2018年04月17日
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