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表千家と裏千家の違い・どっちが有名か|道具/作法/点て方

初回公開日:2018年03月13日

更新日:2018年03月13日

記載されている内容は2018年03月13日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

表千家と裏千家、茶道を代表する二つの流派の違いを、簡単にご紹介しています。それぞれの流派の成り立ちや、作法、道具の違いなどをみていくと、お茶の世界の奥深さが見えてきます。これからお茶を始めたい方も、それぞれの特徴から、自分に合った流派を探ってみませんか。

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表千家と裏千家ってなんだろう

インバウンドや爆買いといった言葉もすっかりおなじみになりました。街を歩いていても、海外からの旅行者をたくさん目にします。そんな旅行者に人気があるのが、「抹茶」を使った商品です。

いかにも日本的な抹茶ですが、もともとは「茶道」で使われ、日本文化の一役を担っています。

「茶道」ときくと、少し堅苦しいようなイメージで、詳しいことがわからないという方も多いのではないでしょうか。今回はそんな「茶道」の家元である「千家」について、中でも「表千家」と「裏千家」について、その違いなどを解説いたします。

表千家と裏千家の違い

そもそも、「表千家」と「裏千家」には違いがあるのでしょうか。

実は、同じ千家と言えども、この二つにはたくさんの違いがあります。茶道に詳しくないという方も、これからお茶を習いたいという方も、表千家と裏千家の違いを知って、自分に合った茶道はどちらかみてみましょう。

「茶道」について

「茶道」は「茶の湯」とも呼ばれ、その始まりはずいぶん歴史をさかのぼります。お茶を楽しむための、数々の作法があり、いろいろな流派が、それぞれの作法を受け継いできています。

また、現代においては、ただ「お茶を楽しむ」だけでなく、その考え方や芸術性、さらに使う道具の美術的な価値など、日本文化の総合芸術といってよい存在でしょう。

また主人が客にお茶をふるまう儀式の中で培われた精神性は、今でも日本人の「おもてなし」の精神に通じるものがあり、日本人にとって、その影響は少なくありません。

すぐにわかる茶道の歴史

それでは、まず簡単に「茶道」の歴史を振り返ってみましょう。

お茶は、そもそも中国大陸で使われ始め、その後日本に伝えられました。日本に伝わったのは9世紀前後、遣唐使によると考えられています。中国では、8世紀には「茶経」と呼ばれる書物も作られ、日本に伝わるころには、ある程度体系だったお茶の知識が成立していたと考えられています。

有名な空海や最澄も、お茶を持ち帰ったとされていますが、その後、あまり日本では広まることなく時代が変わっていきます。

茶の湯の発展

平安時代に伝わったお茶は、嗜好品として楽しむよりも、薬としての役割が大きいものでした。庶民が楽しむには、まだ高価で、その使い方も限定されていたため、貴族や僧侶によって受け継がれていきます。

そんなお茶の歴史が、大きく変わるのが鎌倉時代です。鎌倉時代に、日本に臨済宗を伝えた栄西(ようさい)は、同時に中国から抹茶法を伝えます。栄西は九州、そして京都の宇治にも種を伝え、茶の栽培の広がりとともに、茶を飲む習慣も広がっていきました。

室町時代には、お茶の産地を当てる一種のばくちのような「闘茶」が始まります。また使う道具にも中国からの高価な輸入品の器が使われ、「唐物(からもの)」としてもてはやされるようになりました。

茶道の大成

茶の文化は、室町時代に入り、足利将軍家を中心に、さらに広まっていきます。そこで登場するのが村田珠光です。

珠光は能や連歌などの教養に加え、禅も学び、茶の湯に精神的な芸術性を見出していくことになります。貴族のものであった茶の湯から、庶民にも親しみやすい形へも変えていきました。

その後、武野紹鴎が、茶の湯の道具に日常的な日本製の器を使うなどして、侘茶を完成させていきます。そのあとを受け継ぐ形で、登場するのが千利休です。

千利休は唐物趣味を尊重せず、むしろ自身で道具を製作し、より装飾性をなくすようなシンプルな茶の湯を極めていきます。一期一会の精神で、おもてなしをする利休の茶の湯によって、日本の茶道は大成したと考えられています。

三つの「千家」について

千利休によって大成された「茶の湯」ですが、その後どのような経緯で表千家裏千家などに分かれていくのでしょうか。

茶道を極め、芸術にまで高めた利休ですが、時の権力者豊臣秀吉によって切腹を命じられ、その生涯を閉じます。利休のあとを継いだのは、その嫡男千道安でしたが、後継ぎがなく断絶します。

一方で、婿養子の小庵が京都に千家を再興し、二代目を継いで、活躍することになります。さらに、小庵の跡を継いだ三代目が宗旦です。

一時仏門に入っていた宗旦は還俗し、三代目となり、侘茶の精神を追求します。彼には四人の子供がいたのですが、その中で長男以外の三人が、それぞれに茶道を志しました。この三人が、のちの表千家・裏千家・武者小路家へとつながっていくことになります。

表千家とは

最初に千家を継いだのは、三男である江岑宗左(こうしんそうさ)でした。次男は、宗旦が隠居するころ、漆屋に養子に出されていたため、三男が千家を継ぎ、表千家となります。

江岑宗左は表千家を象徴する茶室「不審菴(ふしんあん)」を継ぎ、千家流茶道の本流として表千家を確立していきます。江戸時代に入り、茶の湯に造詣の深かった紀州徳川藩の招きに応じ、紀州徳川藩の茶頭として活躍することになります。

裏千家とは

一方、宗旦の死後、宗旦が隠居生活をしていた「今日庵」を継いだのが、四男仙叟宗室(せんそうそうしつ)でした。今日庵は、本家の象徴である「不審庵」の裏手にあったため、宗室の系譜は裏千家として続いていくことになります。

武者小路家とは

また、茶道の道から離れていた次男一翁宗守(いちおうそうしゅ)も、のちに漆屋から戻り、不審庵、今日庵から少し離れた武者小路通りに茶室「官休庵」を作り、自身の茶道を追求することになります。

これが、武者小路家の始まりとなりました。

表千家と裏千家 有名なのはどっち?

こうして三家に分かれた千家ですが、現代の知名度はどうなっているのでしょうか。

やはり「千家」の名前がそのまま使われている表千家と裏千家は、武者小路家よりも知名度は高く、名前を聞いただけでお茶の家元だとわかる方も多いでしょう。さらに、表千家より裏千家のほうが茶道に詳しくない方でも、耳にする機会が多いのが現状です。

たとえば、国賓の方が来てお茶をたてる、となると招かれるのは裏千家です。ニュースなどでも裏千家の名前をよく聞きます。実は、表千家の16代、千玄室さんに、三笠宮崇仁親王の次女容子内親王が嫁ぎ、両家は親せきになっています。そうした関係も、表舞台で目にする機会に差が出ていると考えられます。

流派によって道具の違いはあるの?

それでは、流派によってお手前で使う道具に違いはあるのでしょうか。代表的な表千家と裏千家で違いを見てみましょう。

まず目につくのは袱紗です。女性が使う基本的な袱紗は、表千家は朱色、裏千家は赤色です(男性はどちらも紫色)。また濃茶の時の袱紗の大きさも変わります。

さらに茶筅にも違いがあります。表千家は煤竹で作られた茶せんを使いますが、裏千家は白竹を用います。また、お茶菓子をいれる菓子器も、表千家はふたつきの喰籠を使い、裏千家はふたを使わない鉢を使用します。

比較的、表千家はシンプルなものを、裏千家は現代的、華やかなものを使う傾向があげられます。

表千家と裏千家で作法はどう違う?

もちろん、両家では作法も違います。作法の違いは多く、ここですべてをご紹介することはできませんが、いくつか作法の違いを見てみましょう。

まずは歩き方です。部屋に入るとき、表千家は左足から入り、裏千家は右からと決められています。さらに、畳一畳を何歩で歩くかなど、歩き方の所作には細かい決まりがあります。

立ち上がるときも表千家は両足をそろえて一度に立ち上がりますが、裏千家は片足を立ててから立ち上がります。ほかにも、道具の使い方でも両家に違いがあります。例えば、袱紗を腰から抜く時に表千家は袱紗を三つ折りに、裏千家は二つ折りにします。

ひとつひとつを比べていくと、数えきれないほどの違いがありますが、それぞれの作法によって決められた所作はとても美しい立ち居振る舞いとなり完成されています。

お茶のたて方にも違いがある?

主人がお客さまにお抹茶を立てる一連の動作を「お点前」と言いますが、この稽古にあたる「割稽古」だけでも、各流派にたくさんの数があり、作法の違いを細かく言い切るのは難しくなりますが、それを踏まえたうえで、いくつか確認してみましょう。

まず目につくのはたてられた抹茶の状態です。表千家では、あまり泡立てずに丸い泡がたっているところに、三日月のような泡のないところが浮かぶくらいのたて方がよいとされています。

一方、裏千家ではよく泡立ち、まるでカプチーノのようなたて方がよいとされています。そのため、裏千家のお茶は泡によってまろやかな味わいになり、表千家はお茶の味が強く感じられます。

さらに、お客さまにお茶を出す時、表千家は反時計回りに2回お茶碗を回しますが、裏千家では時計回りに回します。細かい違いは多々ありますが、表千家のお点前は自然で流れるように、裏千家はメリハリの利いたお点前という印象です。

お茶を始めるならどの「千家」?

ここまで、表千家と裏千家の違いをいくつか見てきました。実際に、これからお茶を始めるならどちらの家ものがおすすめなのでしょうか。

表千家は本家の流れをくんでいるためか、伝統を重んじ、比較的保守的な雰囲気があります。一方で、裏千家は伝統を重んじつつも、新しいやり方をどんどん取り入れていく風潮があります。また、裏千家は積極的に茶を広めたことから、ドラマなどで使われることも多く、学校の茶道クラブなども裏千家を取りいれているところが多くなっています。

すそ野が広く、始めるきっかけは裏千家のほうが作りやすい環境にあるでしょう。しかし、表千家、裏千家ともにそれぞれの個性や特徴があり、どちらも茶道という日本文化を担ってきたことに違いはありません。

自分に合った流派を見極めよう

表千家と裏千家には、それぞれ細かい作法や道具の違いに始まり、全体的な雰囲気にも違いがあります。これから茶道を始めたいという方は、表千家と裏千家、どちらの流派が自分に合っているのかを見極めることが大切です。

茶道の世界でも、途中で流派を変えるのはよくないこととされています。そのため、まずはいろいろな流派の教室を見学したり、経験者の話を聞いたりして、どの流派が自分にあっているかを考えてみるとよいでしょう。

身近な日本文化としての「茶道」

ここまで、表千家と裏千家という代表的なお茶の家元の違いを見てきました。少しのぞいてみるだけでも、お茶の世界の奥深さを感じます。何より、これまでお茶の世界で真剣に取り組んできた人々の存在、受け継がれてきた伝統を垣間見ることができたのではないでしょうか。

そしてお茶の世界は、現代の私たちも手軽に始められる懐の深さを持っています。カルチャースクールや気軽なお稽古から、しっかり茶道を学ぶところまで、自分に合った学び方や流派を見つけて、新しい世界に飛び込んでみるのはいかがでしょうか。

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