戦争を知らない私のような世代の人間にも、ラストの衝撃は未だに忘れられません。冤罪とは…。所さんの朴訥とも取れる演技もすごくいい味を出してると思います。とにかく泣けます!
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映画
映画「私は貝になりたい」(フランキー堺)
本作は1959年、フランキー堺による映画版です。1年前にテレビ放送され、多くの反響があったために映画化されました。
若いころの衝撃的な作品であり、初期テレビドラマの最高傑作で、フランキー堺の演技力に感動している。
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映画「私は貝になりたい」(中居正広)
本映画では、中居正広が頭を丸刈りにして体当たりで挑んだ作品として話題になりました。共演者の仲間由紀恵の演技も評価されています。
この作品は、昔ドラマで見て感動した作品でした。中居さんの演技最高ですね。
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「私は貝になりたい」が意味不明だと言われている理由
ドラマ・映画の筋書きを知らないだけ
すでに、ドラマ・映画のストーリーと結末をご紹介したので、「私は貝になりたい」の意味が分かったという方もいるでしょう。「私は貝になりたい」が意味不明といわれる理由としては、これらのストーリーを知らないというのがまずあります。
確かに、唐突に「貝」といわれても意味が良く分からない方は多いでしょう。普通に考えて、貝には喜びも悲しみも存在しませんし、生きていても刺激があるわけでもありませんから、なぜよりにもよって「貝」を選択するのだと不可解に感じる人もいるでしょう。
しかし、主人公は「どうしても生まれ変わるなら」という条件で「私は貝になりたい」と言っています。つまり、極度の閉鎖性を感じさせる「私は貝になりたい」という言葉は、死んで永久にこの世に戻ってきたくないという心情が根本にあります。したがって、生そのものへの諦めを意味していると言えるでしょう。
結末に説得力がなくて分からない
黒澤明も分からなかった
「これじゃあ貝にはなれんのじゃないか」と、結末の意味がわからないと異議を唱えたのは、黒澤明です。黒澤は主人公のセリフに説得力がないと感じていたと言われます。黒澤は「私は貝になりたい」の脚本家、橋本忍の師匠にあたる人でもあり、橋本もこの批判を受け入れていました。
この意味が分からないという批判は、橋本の心にひっかかっていたらしく、その後リメイクを重ねるごとに、世界各国の戦争のシーンを挿入したり、原爆投下の場面を挿入したりして、結末により説得力を与えるべく努力を重ねたと言われます。しかし、大筋においてラストの「私は貝になりたい」の意味は変わることはありませんでした。
やはり「私は貝になりたい」は名作!
今回は「私は貝になりたい」についてご紹介してきましたが、いかがでしたか。「なぜ貝なのか」とか、「結末が意味不明」という声もありますが、そのような感想を持っていた方の疑問は解消されたでしょうか。
「私は貝になりたい」のドラマ・映画を子供の頃に見て、衝撃を受けたという人は少なからずいます。戦争の悲惨さ、世の中の不条理を体感させてくれる作品と言えるでしょう。一部の人からはお涙ちょうだいのドラマ・映画と評されることもありますが、これほど長い間、愛され、リメイクが重ねられてきている作品というのも稀です。
まだ見たことがないという方は、ぜひ「私は貝になりたい」をご覧になってはいかがでしょうか。