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「石を投げなさい」の意味と使われ方・由来|聖書/イエス

更新日:2024年10月31日

「石を投げなさい」という表現をご存知ですか。聞いたことはあるけど、よく意味が分からないという方も多いでしょう。実はこれは、イエス・キリストが聖書の中で述べたとされている言葉です。今回は、その意味と使われ方・由来について解説いたします。

「石を投げなさい」の意味と使われ方とは?

今回は、世界的なベストセラーと言われている聖書から、「石を投げなさい」という言葉を紹介します。聞いたことはあっても、どういう意味かと言われれば、答えに困る方もいらっしゃるでしょう。

これは、イエス・キリストがパリサイ人や宗教指導者に対していった言葉とされています。姦淫の罪を犯したとされる女性を前にして、イエスが「あなた方の中で罪のない人が、彼女に対して最初に石を投げなさい」と言った記述から来ています。

それで一般的には、誰でも神のみ前では罪人で自分も失敗をするのだから、他の人の罪を許しなさいという意味だと理解されています。私達も神から罪を許していただくことを望んでいるでしょう。

「石を投げなさい」の由来・元ネタは?

この「石を投げなさい」は、聖書のヨハネによる福音書7章53節から8章11節に出てくるとされる言葉です。しかし、この記述に関しては、ヨハネの福音書の元の本文に後に付け加えられたと考えられています。なぜなら、元の写本にはこの部分が見い出されてないからです。

ですから、正確には「石を投げなさい」とイエスが言った言葉とは言い切れませんが、そのことを踏まえた上で、この言葉の意味を説明いたします。

イエスの生きた時代である1世紀当時、パリサイ人や宗教指導者たちは、イエスの言葉尻をとらえてイエスを陥れようとしていました。

そこで彼らは、姦淫の罪を犯した女性を連れてきて、「モーセは律法の中で、このような女を石打ちにすることを私たちに規定しました。あなたはいったい何と言われますか」とイエスに挑戦的に問いかけました。そこでイエスが、「罪のない人が石を投げなさい」と言ったという話が由来となっています。

「石を投げなさい」に関する誤解

この「石を投げなさい」に関する話は、誤解されている用いられる場合もあります。

この姦淫をしたとされる女性の名前は聖書には出てきません。しかし、この女性がマリア・マグダレネ、もしくはマグダラのマリアという名前の女性だと主張する宗派があります。イエスを描いた映画の中に、この話が付け加えられているものもあります。

このマリア・マグダレネとは、イエスの死の際と復活の際に居合わせた女性のうちの一人です。それ以前、彼女は七つの悪霊をイエスに追い出してもらいました。その後、熱心な信者になりました。

しかし、このマリアは姦淫を行っていたという記述はありません。ですから、この「石を投げなさい」の逸話に登場する女性とは関係ありませんので、混同しないようにしましょう。

「石を投げなさい」とイエスが言った言葉の意味は?

まず、「石を投げなさい」と言う意味についてはどうでしょうか。石を投げる、つまり石打ちは古代の処刑方法です。それを理解するためには、聖書に出てくる古代のモーセの律法を理解する必要があります。

その律法の中で、重大な犯罪とされているものの中に姦淫がありました。聖書の中では、姦淫とは既婚者が自分の偶者以外の異性と性関係を持つことを指します。この罪を犯した人は、裁判にかけられ死刑が決定したなら、石打ちによって処刑されました。この処刑が適用されたのは、重大な罪を故意に犯した場合のみでした。

イエスの言った「石を投げなさい」というのは、処刑しなさいという意味です。しかし、「罪のない人が」と条件を出したので、ここで言う罪とは何かを理解する必要があります。

罪とはどういう意味か?

罪という言葉を聞いてどういうイメージを思い浮かべますか。多くの日本人は、犯罪や法律違反に当たることを連想するでしょう。日本人にとって罪という概念はあまりなじみがないでしょう。ですから、聖書でいう罪とはどういう意味なのか理解しておくことは大切です。

では、イエスが「罪のない人は石を投げなさい」と言った時の罪とは、どのような意味でしょうか。聖書の中では、罪には、上記で説明した姦淫などの重大な罪という意味だけでなく、「不完全」という意味もあります。人はだれでも生まれながらに罪人、つまり不完全で間違いや失敗をします。

ですから「罪のない人」とは、失敗も間違いも犯さない完璧な人ということです。しかし、そのような人は地球上に存在しません。つまり、「罪のない人」はいないということです。

「石を投げなさい」の聖書のあらすじ

続いて、この「石を投げなさい」の場面のあらすじについて紹介します。

イエスは、ある時オリーブ山で民衆を教えていました。そこへパリサイ人が、姦淫の場で捕らえた女性を連れて来ました。彼女を真ん中に立たせてから、イエスに「モーセは律法の中で、このような女を石打ちにすることを私たちに規定しました。あなたはいったい何と言われますか」とイエスに問いかけました。

しばらくして、イエスは「あなた方の中で罪のない人が、彼女に対して最初に石を投げなさい」と言いました。すると、パリサイ人や他の人達は皆去って行きました。

一人だけ残った女性に対して、イエスが「彼らはどこにいるのですか。誰もあなたを罪に定めなかったのですか」と問うと、「誰も」と女性は答えました。イエスは「私もあなたを罪に定めません。行きなさい。今からは、もう罪を習わしにしてはいけません」と言いました。

前後の出来事

この「石を投げなさい」の記述を理解するために、前後のできごとと時代背景を把握しておきましょう。

この当時、パリサイ人や宗教指導者達のイエスに対する敵意が高まっていました。彼らはイエスを捕らえようとしていましたが、イエスは大胆に伝道し、多くの民衆を引きつけました。

イエスは各地を回り、パリサイ人や宗教指導者とは全く違う方法で民衆を教えてました。イエスの教えは論理的であり、民衆の心を癒す心地良いものだったので、従う弟子はどんどん増えて行きました。

また、イエスは、奇跡を行って病気の人を癒したり、死人を復活させたりしました。多くの人がイエスを支持するのを見て、パリサイ人たちはいらだっていました。それで、イエスを石打ちにしようとたくらんでいました。

ところで、パリサイ人とは一体どのような人達だったのでしょうか。なぜ、そこまでイエスを憎んでいたのでしょうか。

パリサイ人とは?

「石を投げなさい」の記述に登場するパリサイ人とは、1世紀当時のユダヤ教の著名な教派でした。同時のユダヤ人は、古代のモーセの律法を守る義務がありました。しかし、パリサイ人は、その律法に自分たちが勝手に作った伝統を付け加え、民衆に伝統に従うよう強要していました。民衆は虐げられていました。

なぜ、彼らはイエスを捕らえようとしていたのでしょうか。それは、イエスの教えが素晴らしく、多くの人が追随者になっていたからです。また、自分たちの悪事が暴露され、地位や名声を失うことを恐れていたことも理由です。

例えば、あるときパリサイ人達がイエスを捕らえるために下役達を遣わしました。しかし、下役達はイエスを捕らえずに戻ってきました。「なぜ彼を連れてこなかったのか」と聞くと、「あのように話した方はいまだかつてありません」と下役達は答えました。イエスの教え方に感動し捕まえることができませんでした。

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初回公開日:2018年02月16日

記載されている内容は2018年02月16日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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