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「精神論」の意味と例|上司が精神論者の場合の対処法・まつわる名言

更新日:2020年08月20日

「根性が足りない!!」、「やる気になれば何でもできる!!」など言われたことはありますか?たしかに根性や努力は人の行動に影響を与えるかもしれません。しかし、人に影響を与える要素は多くあり、根性や努力といった精神論はその中の1つにしか過ぎません。

精神論を重視する人たち

「根性が足りない!」、「やる気になれば何でもできる!」など言われたことはありますか?

たしかに根性や努力は人の行動に影響を与えるかもしれません。しかし、人に影響を与える要素は多くあり、根性や努力といった精神論はその中の1つにしか過ぎません。

あらゆる要素がある中でも極端にこの精神論を重視する人がいます。このような人と一緒に行動すると、苦労や面倒などストレスを受けることがあります。

自分も精神論者であれば共感できる部分もあるでしょうが、そうでない人もいます。自分が精神論者でない場合は精神論者の人たちの考えを理解しておく必要があります。

精神論とは

根性や努力、気合いなどは目には見えません。しかし、この目に見えないものはスポーツだけでなく、ビジネスや他にも様々な分野においても重視されてきました。精神論を用いる意味は精神的に弱い部分を補ったり、気合を入れ直したりする事で、ポジティブな思考にするというために用いられます。つまり、ネガティブな感情に負けずにモチベーションを維持するための方法論の一つです。

実際に精神的に弱っていると必要な場面で十分な力が発揮できないこともあります。なので、今まで重視されてきた思考ですが、近年では少し考え方が変わってきたようです。人の尊厳を軽んしている。と否定する人も増えてきて、その賛否が分かれ始めています。

上司が精神論者の場合

友人の中にこの精神論者がいる場合は人によって考え方が違う、何を大事に思うかは人それぞれと割り切ってしまえば良いだけです。お互いのことを認め合ってより良い関係を築いてください。

しかし、職場の上司が精神論者であった場合はこのように簡単にはいきません。相手は上司なので仕事をふってきます。その内容や量などの判断を精神論から判断されると無茶な仕事を任される可能性があります。その上司自体は精神論者なので気合いがあればできる。などと考えるかもしれませんが、誰もが精神論者ではありません。

仕事には綿密な計画と実行するための根拠などが重要です。本来、上司であれば相手の力量を把握して、任せる仕事内容を決定するべきです。最終的な判断に迷った際に精神論に頼るのであればまだ良いのですが、精神論者の場合は先に気合いや根性などのメンタル部分を最初に判断材料の一つとして入れてしまいます。

これでは仕事を任された方は過剰負担になってしまい、仕事の効率も悪くなってしまいます。

精神論に関する名言

精神論は昨日今日にできた思考ではありません。今まで多くの精神論に関する名言や格言が世に出されてきました。

ヴィヴェカーナンダは「人々に精神的援助を与う人間こそ人類の最大の恩人なり。」
ハミルトンは「人間においては、精神のほかに偉大なものは存在しない。」
ベルジャーエフは「精神とは何か。火であり、自由であり、神の息吹きである。」
などここに書いたもの以外にも多くの名言、格言があります。

どれも素晴らしい言葉で、一つ一つ理解したくなりますが時間がかかりそうです。これら多くの精神に関わる名言や格言があることから、過去から現在に至るまで精神論が人の思考として必要であったことがよくわかります。

精神論を重視しない人

先に述べた通り、精神論については賛否の声が別れてきています。賛否の声が分かれても、上司や教師、親や年配の方や体育会系の人などの中には精神論で部下や後輩などを指導する人もいます。

これら精神論者が指導に関わる際はその思考が極端になり過ぎると現代社会では問題になることがあります。昔と今では精神論による指導の考え方も変わってきているので、精神論がどのような部分で問題となるのか確認しておきましょう。

精神論は個性を無視している

否定的な意見で最も多いのは相手の個性や能力を無視するということです。精神論者は気合いや根性といったメンタルが先行しているので、相手の個性や能力を無視する場合があります。

これは精神論者によくある思考で、自分が今までやってきたことは誰にでもできると思っているふしがあります。さらに、そこへ気合いや根性などの計画的に具体性のない要素も盛り込まれます。

思うような結果が出ていないときには「もっと頑張れ。」などのあいまいな助言しかもらえません。明らかに実力を越える範囲のことを要求された場合には精神論だけではどうにもできません。

精神論は強制につながりやすい

現代の教育では強制ではなく自発性が重要視されてきています。その環境で育ってきた若い世代には精神論がかなりの負担になる場合があります。これらの若い世代に、途中で弱音を吐くことは根性が足りないと言って、無理をさせてしまうと問題に発展する場合もあります。体罰やパワハラなどがこれに当たります。

体罰やパワハラをした側からすると、自分は今までこうして成長してきたという経験があるので問題として取り上げられるまで気がつかないときもあります。昔と今では環境も状況も違います。昔はどうであったかではなく、今はこのようなルールになっているということを常に確認して、自分のルールを押し付けないようにしましょう。

精神論者と対照的な理論的思考者

精神論者とよく衝突してしまうのが理論的思考者です。精神論者と理論的思考者の努力の仕方は違います。

精神論者の努力は気合いや根性が先攻して、とにかくひたむきに頑張ります。一見、正解のようにも思えます。たしかに、何もしないよりはとにかく行動を起こしてやり詰めることは良いことです。しかし、そこには計画性が乏しいことも多く、とにかく時間をかけて続けることで報われるという努力の仕方になります。

一方、理論的思考者の努力の場合は、まず行動を起こす前にその努力が報われるための道筋を考えます。さらには、報われた結果、その後どのような効果があるのかまで先の展開まで考えます。道筋やその先の展開が見通しの悪い場合は実行すらしないこともあります。考える時間が長いので実行に移すまでに時間がかかります。しかし、実行し始めると道筋はできているので効率良く結果を出すことができます。

精神論者からするとメンタルが先攻するので考えている時間があったらとにかく動け、と思ってしまうのです。また、論理的思考者が考えた末に動かなかったときには何もせずに何がわかるのか?、と思ってしまうのです。

精神論者は仕事の手本にならない

精神論者の中には結果よりも努力した過程が大事という人がいます。たしかに、結果を出すまでに至った過程は大事です。しかし、努力をせずに結果を出そうとすることはよっぽどの才能でもない限りは無理なことです。つまり、努力は最低限しなければならないことです。

ここでは努力することが当然であると言いたいわけではありません。大事なのは努力した内容を認めるべきなのです。「とにかく頑張りましたが、失敗に終わりました。」と報告を受けたときにその努力が全く意味のない内容だったとしたら失敗するのは当然です。

精神論者はとにかく先に動いてしまうので、努力にかけた時間と内容が見合わないことがあります。時間があれば成功できたのかもしれませんが、仕事をするうえでは失敗であることに変わりがありません。どうしても行動の効率が悪くなってしまうので、周囲からその思考や行動は参考にされることは少ないです。

精神論から学ぶ点も

今の社会では精神論を重視して行動すると肩身が狭い思いをするかもしれません。しかし、教育に対する考え方や、誰でも溢れかえる情報を手に入れることができて、価値観や状況、環境が変わればいろいろな思考をする人が増えてきます。特に理論的思考を重視する人は増えています。

では、精神論は時代遅れなのか、というとそうではありません。論理的思考をする人でも最終的に気合いや根性に頼る人もいるでしょう。逆に、精神論を重視する人が論理的思考をしなければならないときもあります。

これらはあくまでも思考の話です。物事に関する考え方は時代によって多数派、少数派がになることは当然あることです。なので、時代によって自分の思考方法を変える必要はありません。しかし、相手にその思考を押し付けることだけはないように注意しましょう。

初回公開日:2017年07月25日

記載されている内容は2017年07月25日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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