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使命感の意味と類語・使い方|使命感と責任感の違いと使い分け

初回公開日:2017年07月24日

更新日:2020年06月30日

記載されている内容は2017年07月24日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

使命感があればもっと仕事がラクになるって本当でしょうか。使命感がないということは、責任感も薄いのでしょうか。本来使命感とはなんでしょう。ここでは、使命感と責任感の具体的な違いや使い分ける方法など、分かるようでわからない「使命感」についてまとめてみました。

使命感の意味と類語

使命感の意味と類語・使い方|使命感と責任感の違いと使い分け
※画像はイメージです

仕事には使命感が必要だなんて、誰が言ったのでしょう。ここでは、正義や良心と結び付けられやすい使命感について掘り下げてみます。

正確な意味は?

「使命感」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、数多の危険もかえりみず、地球や人類のために悪と戦う正義の味方、ヒーローの姿ではないでしょうか。身近な職業でいえば、消防士や警察官、政治家などは使命感が強そうなイメージがあります。

では「使命感」とは、具体的にどういう意味をもつ言葉なのでしょう。「広辞苑」によれば、“与えられた任務をやりとげようとする責任感”を示す言葉だと書かれています。

責任感は、「自分の仕事や行為に対して、責任を重んじている気持ち」です。ここでは、分かるようで分からない責任感や使命感について真剣に考えてみます。

他言語で考える

解釈がむずかしい言葉に出会ったときは、その言葉のルーツを探したり、ほかの国の言葉に置き換えたりすると微妙なニュアンスが感じ取れて、理解の助けになる場合があります。それでは、「責任」と「使命」を英単語から考えてみたいと思います。

一般に「責任」と訳されることの多い「responsibility(レスポンシビリティ)」は、反応を意味する「response(レスポンス)」と、能力を意味する「ability(アビリティ)」から構成された単語で、「反応する能力・自立性」という解釈になります。

同じように「責任」と訳される「accountability(アカウンタビリティ)」は、「説明(account)」という意味のアカウントとアビリティが結びついて、「説明する能力」となります。

つまり「責任感のある人」とは、事におよんで正しい反応ができる人、自分の言動に対してしっかり説明できる人、だという解釈ができそうです。

英語で「使命感」とは?

英語で「使命」と訳されるのは「mission(ミッション)」です。スパイのお仕事という感じでしょうか。

天職という意味の「vocation(ヴォケーション)」は、単なる仕事(job)とは少し違い、「天命」つまり使命感を帯びた任務という意味です。語源はラテン語の“呼ぶ“にあたる「vocare」で、神が人間に呼びかける、または神に呼びかけるというニュアンスです。

類義語から考える

「責任感」を別の言い方で表現すると、正義を重んじる気持ちという意味で「正義感」「良心」「義侠心(ぎきょうしん)」などに置き換えるのが一般的のようです。確かにどれも、責任感のひとつの側面を表しているように感じられます。

では、「使命感」はどうでしょうか。 エネルギー源、モチベーション、動機づけ、野望、覇気・意気など、ちょっと勢いのある、前向きな印象の言葉が並んでいます。

「使命感」の使い方

責任感と使命感の微妙な違いについては既に触れましたが、では、どのようなポイントに気をつけて使い分ければ良いでしょう。次に、それぞれの特質から分かる決定的な違いについて述べてみたいと思います。

使命感に欠ける

具体的に、「使命感」はどのような場面で使われるでしょうか。「あなたは使命感に欠ける」といわれた時、それは当然やるべきことを怠った、責任感に欠けるという意味で使用されています。

しかし反対に、責任感の強い人のことを「あの人は使命感が強い」と言い換えることは少ないのではないでしょうか。使命感には、責任感よりも少し重たい印象があるためです。

「責任感が強い」は立派な褒め言葉ですが、「あの人は使命感が強い」という表現には、それほど価値のないことに没頭しているような、少し大げさな印象を受けてしまいます。ある特殊な場合を除けば、褒め言葉としてはあまり相応しくない可能性があります。

使命感に駆られる

自分が「使命感に駆られた」という時は、何らかの衝動に突き動かされて行動したことを意味します。たとえば、自分の損失を覚悟で人を助けたり、何の義理もないのに自ら負担を買って出たりするなど、世間では「お人よし」と言われるような行動です。

自分が痛手を負ってまで人を助ける義務はないのですから、この場合の使命感とは「理屈ではうまく説明できない」「自分でもよくわからない」というニュアンスを含んでいます。

通常の価値観では解釈がむずかしい言動をとった場合に、「使命感に駆られてやった」ということで、「そういうことって、あるよね」という共感を得て、詳しい説明を免れることがあります。

その意味で、英語のレスポンシビリティやアカウンタビリティには当てはまらないのが「使命感」であるといえます。

使命感と責任感の違いと使い分け

使命感は「神の声」

「使命感」は、強いバイタリティをもつ一方で、独特の重みや深刻さを備えています。

前述した「使命感に駆られる」という場合、その言動の動機(アイデア)が自分の理性以外のところから来るという意味では、「神の声(vocare)」と解釈できます。もちろん、実際に神かどうかはまったくの別問題です。

それを「責任感でやった」と考える人は少ないでしょう。「使命感」は宗教と同じで、ともすれば「自己主観」に陥りやすいのです。

「地味でマジメ」な責任感

責任感は社会性と深い関係があり、地に足が付いた常識的な判断がともなっています。他者との関係性の中で必要とされるのが責任であり、必要に応えて生まれるのが責任感だと考えることができます。

使命感が他力なら責任感は自力で、だからこそ自律的で正義感が強く、信頼性が高いというイメージが強いでしょう。

一方で、責任感はとても地道です。本来自発的であるべき社会性なので、消極的に捉えてしまったり相手から過度に期待されたりすると、義務感が負担となります。

内心では嫌なことも義務感で行うという、ネガティブな感情にもつながってしまいます。「責任感」は、良くも悪くも「現実的」なのです。

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