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茶道の流派の一覧・違い・特徴・人口・選び方|裏千家/有名

更新日:2020年02月10日

8世紀末に中国から伝播した「お茶を飲む(喫茶)」慣習は、日本社会で時代の変遷を経て「茶道」という高い芸術性と精神性が融合した精神世界を現出しました。この「茶道」の各流派を総覧し、流派ごとの種類や違い、特徴など理解し、どのような流派を選ぶべきか調べます。

千利休を始祖とする千家流の流派においても、表・裏・武者小路の三つの流派に分かれて今日に至っていますが、それぞれの流派が歴史的背景を踏まえてその組織的特徴や各々の流儀として、茶会の作法、点前の技法などに独自の特色を持っています。

表千家

利休の孫・宗旦の隠居に当たり、最初に千家の直系の家督を継いだ宗左を祖としています。利休伝来の茶室、茶庭をもとに、正統的な佗び茶の古格を伝えるとされています。

江戸時代、紀州徳川家の庇護を受け隆盛を極め、江戸中期には、紀州藩領地・伊勢松阪出身の豪商・三井家のような町人富裕層を門弟として多く受け入れ、組織の発展とともに、家元を中心に据えたピラミッド型組織を作り上げていきました。

明治維新により、紀州藩の庇護もなくなり表千家も組織の存亡の危機に立たされましたが、三井家(後の「三井財閥」)の後ろ盾も受けこの危機を乗り越えました。

裏千家

宗旦の四男・宗室を始祖とする流派で、11代目玄々斎精中の時代に「茶箱点(ちゃばこだて:点茶の一種。箱の中に入れてある茶器で茶を点てる簡便な作法)」や「立礼式(正座ではなく、椅子に座って行う茶道)」などを考案し取り入れるなど茶道の近代化に取り組みました。

近代に入って婦人や学校・団体などにいち早く茶道の普及を図り、流派別では大規模の門人を擁する流派となっています。

武者小路千家

宗旦の次男・宗守を始祖とする流派で、茶会の作法、点前の技法など伝承された古式を墨守することなく、合理的な所作・動作を常に追求するなど進取性・柔軟性が流派の大きな特色となっています。

日本の茶道の流派の人口

政府統計の「社会生活基本調査」や日本生産性本部が刊行している「レジャー白書」によれば、「茶道人口(何らかの形で余暇として「お茶」に関わった人口として定義)」は、概ね200万人台と類推されます。

茶道の流派別で言えば、その組織の大きさや活動の規模から「茶道人口」の半分は裏千家門下とも言われていて、後に続くのが千家筆頭の表千家ですが、裏千家との組織や活動などの規模で対比すると、表千家の門人は裏千家の半数程度とも言われています。

残りの「茶道人口」を、その他の茶道の各流派が分け合っていると考えるのが妥当でしょう。

茶道の流派ごとの特徴

「茶道」は、本来「喫茶」というごく単純な慣習にさまざまな作法を取り入れ、茶室という限られた空間に調和する「取り合わせ」のいい茶道具を調え、茶会の興趣を高める亭主の「点前」という鮮やかな手さばきによって成り立っています。

このような「茶道」の神髄を究めるため、「茶道」の各流派は茶会の作法、点前の技法などに創意工夫し、他流派と切磋琢磨しつつその流派独自の技量や特色を持つようにしています。

この「茶道」の流派ごとの特徴を、お茶の世界を代表する三千家について取りあげ対比して見ました。

点て方(薄茶)

表千家 ー あまり泡立てない
裏千家 ー よく泡立てる
武者小路千家 ー あまり泡立てない

茶筅(ちゃせん)

表千家 ー 煤竹
裏千家 ― 白竹
武者小路千家 ー 煤竹

菓子器

表千家 ー 蓋付きの喰籠
裏千家 ― 蓋なしの鉢
武者小路千家 ー 蓋付きの喰籠

袱紗(ふくさ)

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初回公開日:2018年02月03日

記載されている内容は2018年02月03日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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