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2017年12月29日

ハイデガーの生涯と思想・おすすめの本・残した名言|存在と時間

かの有名なニーチェとも並び称される哲学者、ハイデガーの生涯とその思想について調べてみました。ナチスとの関わりをもち、多くの人から愛されそして憎まれたハイデガー。その数々の名言や著書、また数奇な恋愛についても、順を追ってご紹介します。

ハイデガーの生涯と思想

みなさんは、マルティン・ハイデガーという人をご存知ですか。

ハイデガーは哲学界で、20世紀において世界でも重要な役割を果たしたと言われている、有名な哲学者のひとりです。ドイツで生まれ、ナチスの時代を生きた彼はどのような人生や思想を生きてきたのでしょうか。

今回は、ハイデガーについて、彼に関わるいくつかのキーワードとともに、読み解いていきます。

ハイデガーの生涯

マルティン・ハイデガーは1889年9月、南ドイツの小さな村で生まれました。父親は桶を作る職人で、教会を守る仕事もしていたそうです。そんな家の影響や、ハイデガーの住んでいた地域がカトリック勢力が強かったこともあり、彼もカトリック教徒として洗礼を受けています。

その後、寄宿学校から高校と進んだのち、フライブルク大学(ドイツ南西部の国立大学)の神学部に入学します。当初、ハイデガーが将来的に司祭となる契約によって奨学金が支払われていましたが、彼が勉強のし過ぎで体調を崩したのち、神学の勉強を中断したため奨学金も打ち切られました。

その後、数学・自然科学などを学びながら、哲学がハイデガーにとって生涯の研究となっていきました。

ハイデガーの哲学について

それでは、ハイデガーの哲学はどのようなものなのでしょうか。いくつかのキーワードとともに読み解いていきます。

「存在」

ハイデガーの哲学を語るキーワードとして、「存在」というものがあります。

普段、私たちが日常生活では意識することのない「自分の存在」というものについて、深く考え分析したという点で、ハイデガーの哲学がほかと比べて特徴的であるといえます。

ハイデガーは、「存在を規定する存在である私たち『人間』が『この世界』においてどのように存在しているのか」ということについて、現象学(物事をありのままに記述・分析する学問)の立場から考えていきました。

ここでユニークなのは、ハイデガーが、「人間」だけでなく、人間が存在しているとされる「世界」についてもひとつの「存在」として捉えているところです。

さらにハイデガーは、

・現在に存在する人間=「現存在」

と規定したうえで、

・「現存在」が「世界の内に存在する」というあり方=「世界内存在」

とし、私たち(現存在)がこの世界にいる状態が「世界内存在」であると定義しました。

「死」

ハイデガーの考える「存在」のひとつであるのが私たち「人間」ですが、その人間の存在が終わること、それがすなわち「死」であると彼は考えていました。ゆえに、人間が存在している状態を終わらせる「死」という存在をとりわけ重く見ていたとされています。

このあとの後半の章でご紹介するハイデガーの代表的な著書「存在と時間」の中でも、彼は存在についての記述のあとに「死の現存性」についてページを割いて分析をしています。

ハイデガーは、生まれてから死ぬまでの間が「人間としての存在」であると考えていました。死というものを間近に捉えることができてこそ、人間は「生きる」ということも意識するのだと考えました。

このようにハイデガーは人生を通して、人間という存在としての生き方について、より深く理解しようとしていたのでした。

ハイデガーの残した名言とその意味

哲学者であるハイデガーの遺した名言にも、彼の哲学が色濃く表現されているものが多くあります。

それらの中で印象的なものをいくつかご紹介します。

哲学全般に関する名言


・「偉大に思索する者は、偉大に迷うに違いない。」

・「単純なものこそ、変わらないもの、偉大なるものの謎を宿している。」

・「生きている世界は、自分の世界のそのときの状況がどうであるか、そしてそのときの状況から見てどうであるかによって、さまざまな仕方で現れてくる。生きている世界の内容を決めるのは、常に自分の世界の不安定な流動的な成立であり、その状況的性格である。」

・「心情の不可視的な最内奥において人間ははじめて、愛すべきもの、すなわち、祖先、死者、幼年、未来の人たちへと、傾くのである。それらすべては、今や全的にして無欠な関連の現前性の無域圏としてのありかたを示してくる最も広いひろがりの中に、帰属するに至るのである。」

死に関する名言

・「人は、いつか必ず死が訪れるということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない。」

・「人は死から目を背けているうちは、自己の存在に気を遣えない。死というものを自覚できるかどうかが、自分の可能性を見つめて生きる生き方につながる。」

このように、存在や死というテーマを通して、「人間」というものについて常に考えぬいたハイデガーは、ゆえに長期的・断続的な精神的な疾患にかかっていたと言われています。

しかしながら自らの研究を諦めることなく、それに生涯をささげたハイデガーの集中力と向学心には驚かされます。

ハイデガーとナチス帝国の関係性

ハイデガーを語るうえで避けて通れないのが、ナチスとの関係性です。

ハイデガーは、親ナチと呼ばれ、ヒトラー政権下にあってナチスを肯定・支持した人物として有名です。その点では賛否両論あり、また大戦後にはナチスに協力した罪で糾弾されることになります。

時代の渦に巻き込まれながら、ハイデガーがドイツにおいてどのように立ち回ったのか、その活動とともに振り返ってみましょう。

「黒ノート」とは

ハイデガーが1930年代から書き残していたものが「黒ノート」です。この手記が、彼の死後40年も経った2014年に刊行されました。

「黒ノート」の内容の中に、ハイデガーが反ユダヤ主義(親ナチス)であったことを裏付ける記述が見つかり、ハイデガーや当時の歴史を研究する人間たちの間で物議を醸しました。

当時からハイデガーの親ナチぶりは周囲からささやかれており、当時の上司でもあったフッサール(同じく哲学者でありユダヤ人)に対して不遜な態度をとったこともありました。

一方で、ハイデガーは亡くなるまで書き続けていたこの「黒ノート」を、当時は出版しませんでした。ナチスに協力しているのであれば、後押しになるような内容を含んでいたにも関わらず私家版にとどめたのは、そこに特定の思想はなかったためではないかと言う人もいます。

いずれにしろ、この黒ノートの解読によってハイデガーが反ユダヤ主義であったかどうかについて、より具体的なことが明らかになりました。

大戦後のハイデガーを救ったのは・・

第二次世界大戦が終わり、ナチスに協力したとされる人間たちはそれぞれが糾弾されたり、罰を受けたりすることになります。例に漏れずハイデガーもその一人として周囲から猛烈な批判を受けることになりました。

ハイデガーにとっては、人生での大きな危機であったこの時、彼を助けたのは古い恋人のハン・アーレントであったといわれています。

次の章では、このハンナ・アーレントとの長く続いた数奇な恋愛と、ハイデガーが彼女に助けられてどのように再起を遂げたかについて、ご紹介します。

ハイデガーの恋愛 ~ハンナ・アーレントとの関係と結末~

ハンナ・アーレントという女性

ハイデガーにとって、生涯を通して壮絶な恋愛をした相手というのが、ハンナ・アーレントという女性でした。ハンナはユダヤ人として生まれ、容姿端麗かつ頭脳明晰でありながら、常にさまざまなものの本質を見出そうとしていた哲学的な人間であったといわれています。

また、とても強い女性であったようで、高校1年の時には授業をボイコットして退学処分になったほどだそうです。「物事の本質を見抜く力」があると周囲から一目おかれる存在でもありました。

ハンナとハイデガーの出会いは、ハンナがドイツのマークブルグ大学に入った18歳の時でした。そこで教鞭をとっていたハイデガーと運命的な出会いをします。当時35歳だったハイデガーは、聡明で美しいハンナに一目惚れし、またハンナも恋に落ち二人の不倫の関係が始まりました。

ハイデガーとハンナの愛と対立

出会ってから激しい恋に落ちた二人でしたが、しばらく人目をしのんで2年ほど逢瀬を続けるも、周囲の目もありなかなか順調にはいきませんでした。やがて、ハイデガーから(なかば一方的に)別れを告げられたハンナは、失意のうちに23歳で同じくユダヤ人の哲学者と結婚することになります。

やがてヒトラー政権が台頭し、ユダヤ人であるハンナはアメリカに亡命。一方のハイデガーは、親ナチであったこともありナチスの後ろ盾を受けてフライグルク大学の学長になり、その就任演説でヒトラーをたたえると公言。そこから二人の関係は変わっていきます。

そのころハンナはアメリカでジャーナリストとなり、ハイデガーを含むドイツ知識人たちを猛烈に非難しています。またハイデガーも自分の師を追放したりと権力をふりかざします。このころ、ハイデガーもハンナを認めたがらず、二人の間には深い溝ができています。

ハンナがハイデガーを窮地から救った?

しかし大戦後、ハイデガーはナチ協力の罪でまさに非難の渦中に陥ることになります。ここで、窮地にたっていたハイデガーを助けたのは、たまたま仕事で再びドイツの地を踏むことになったハンナでした。

これまでナチスやその思想について肯定的であったハイデガーに対して批判を繰り返していたハンナですが、ハイデガーの謝罪をあっさりと受け入れてしまいます。その後、一転してハイデガーを擁護するようになり、ハイデガーの書いたものをハンナが英語に翻訳する際に、ナチスとの親和性を避けて訳すことによって、ハイデガーのイメージアップに一役買います。

結果的にこのハンナの賢い判断のおかげもあってか、ハイデガーは徐々に名誉を挽回し、ハイデガーはハンナに助けられたといいます。

その後の二人、結末は・・?

幾度にもわたる別れと再会を繰り返しながら、いわゆる「ダブル不倫」のような状態のまま交友を続けた二人でしたが、不思議なことにハンナは自分の夫とも別れることなく、むしろ夫に支えられて生涯を過ごします。

また、68歳でハイデガーと最後の再会をした際にハンナは、ハイデガーの妻とも和解しています。その翌年、ヘビースモーカーでもあったハンナは69歳で、ハイデガーよりも短命でこの世を去ることになります。そして、ハンナが心臓発作により亡くなった5か月後、ハイデガーもまるで後を追うように他界します。

二人は激しく愛し合い、そして憎みあいながらも生涯にわたり互いに刺激を受け、互いを忘れることができなかったのでした。

ハイデガーに関するおすすめの本・著書

ハイデガーの著書にはどのようなものがあるのか、ここで数冊ご紹介いたします。どれも哲学書だけあって難解な部分もありますが、ハイデガーの哲学の軸でもある「存在」についての考え方はとても興味深く、実際に多くの人がこのテーマをのちのちまで研究・議論しています。

「存在と時間」

「存在と時間 (上)」
(上・中・下巻があり下記リンクは上巻です)
マルティン・ハイデガー (著),‎ Martin Heidegger (原著),‎ 桑木 務 (翻訳)
1960年、岩波文庫

ハイデガーの著書の中で、彼の哲学を読み解くカギとしてたびたび登場するのが「存在と時間」です。

ハイデガーの面白いところは、人間と世界を同じように「存在」として定義しているところです。世界の中に人間がいるというよりは、どちらも「存在しているもの」として、それが「どのように存在しているのか」ということを考えぬいた哲学者であるといえます。

そしてひいてはその「存在」そのものは何なのかという疑問にハイデガーは生涯挑んだのですが、ちなみにこの「存在と時間」は当初、上巻が出たのちに続きの下巻が書かれるはずだったものをハイデガーが断念したといわれています。

続きの研究は彼のその後の書である「形而上学入門」で展開されますが、「存在と時間」の書かれた時点での存在の定義においては、未完成のまま終わったのでした。

「現象学の根本問題」

「現象学の根本問題」
マルティン・ハイデガー (著),‎ 木田 元 (翻訳),‎ 平田 裕之 (翻訳),‎ 迫田 健一 (翻訳)
2010年、作品社

ハイデガーの著書のひとつに、「現象学の根本問題」があります。もちろん、哲学書ですのでとても難しい内容が並んでいますが、その中からハイデガーが伝えたかったことをわかりやすく書いた文章がありますので、内容を抜粋してみます。

”生きている世界は、自分の世界のそのときの状況がどうであるか、そしてそのときの状況から見てどうであるかによって、さまざまな仕方で現れてくる。生きている世界の内容を決めるのは、常に自分の世界の不安定な流動的な成立であり、その状況的性格である。”

この世界は自分の見る目によって違って見える。つまりは自分自身のありかたによって世界は楽しくも変えられるのだ、と私たちに前向きなメッセージを残してくれているようにも感じられます。

ハイデガーの哲学を満喫しよう

ハイデガーの生涯と思想・おすすめの本・残した名言|存在と時間

いかがでしたでしょうか。ハイデガーの生涯は、哲学とそしてナチス、さらには大恋愛で彩られたドラマチックなものでした。

哲学には答え(正解)はない、故に難しい学問であるとも言われますが、現在は易しく解説された本も出ています。

みなさんも機会があれば、ハイデガーの著書を手に取り、ご自分なりの哲学論を深めていくのも楽しいのではないでしょうか。

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