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2017年12月10日

「井の中の蛙大海を知らず」のことわざの意味・例文・由来

誰もが知っていることわざ「井の中の蛙大海を知らず」。狭い世界の中でお山の大将を気取っているというようなマイナスイメージの強い言葉ですが、実はこのことわざには続きがあります。言葉の由来から日本人ならではの解釈まで、とことん追求していきます。

ことわざ「井の中の蛙大海を知らず」の意味は?

「井の中の蛙大海を知らず」とは、考えや知識が狭く、もっと広い世界があることを知らないことを言います。また、その狭い世界にとらわれて広い世界があることに気づかず、得意になっている人のことを揶揄した言い方です。

「井の中の蛙大海を知らず」の例文・使い方

「井の中の蛙大海を知らず」を使った例文を3つご紹介します。

◆この程度の知識をひけらかして得意になっているようでは、「井の中の蛙大海を知らず」だ。
◆自分の専門分野にこだわっていると知識が偏ってしまい、「井の中の蛙大海を知らず」になってしまうよ。
◆あの人はエリートコースを歩んできたからか「井の中の蛙大海を知らず」で、そうでない者達の気持ちを知ろうともしない。

「井の中の蛙大海を知らず」の由来は?

元は中国の神話

原点は中国の思想家である荘子の「秋水篇」の一節です。

黄河の神である河伯(かはく)は、「黄河は本当に大きく、この世に比類する河はない。すなわち、私は最も大きな河の神なのだ。」と威張っていた。

他の者が「あなたは間違っている、黄河の東には北海があり、それは黄河よりも遥かに大きい。北海は黄河が何本も流れ込んだとしても水かさが増えることがないほどに広大なのだ。」と話したが、「何を馬鹿なことを。黄河よりも広大なものなどこの世にあるはずがない。」と相手にしなかった。

ある時大雨が降り、黄河の水面はさらに広大になった。対岸の牛の姿がはっきりと見えないほどに向こう岸が遠くなっていた。その光景を見た河伯は得意になり、この世でもっとも壮大な景色だと確信し北海など取るに足らない存在だと思ったため、北海を見に行くことにした。

北海を初めて目の当たりにした河伯がそのあまりの大きさに圧倒され、北海の神である若(じゃく)に「道理を知ってもだれも自分に当てはめて考えることをしないとよく言うが、まさに自分のことだった。今日このように無限に広がる北海を無なかったら、私はずっと黄河がこの世で最も大きいと思い込み、北海を知るものから永遠に笑われるところだった。」と話した。

すると若はこう言った。「井戸の中の蛙は海のことを語ることは出来ないし、夏の虫が氷について語ることはできない。大局を見ないものには心理を語ることはできない。なぜならば、いずれも狭い世界の中での視野や見識しか持ち合わせていないからだ。あなたは大海を見て自らの愚かさを知った。今やあなたとは物事の真理を語り合うことが出来るだろう。」

この北海の神の言葉、「井戸の中の蛙は海のことを語ることは出来ない」の部分だけを切り取ったものが「井の中の蛙大海を知らず」です。この一言だけで上記のストーリーの内容すべてを表しています。

カエルの自慢話に呆れる亀

神様の話はいささか堅苦しいですが、子どもでもわかりやすいお話もあります。「井の中の蛙大海を知らず」だけに、カエルとウミガメのお話です。

神様の話はいささか堅苦しいですが、子どもでもわかりやすいお話もあります。「井の中の蛙大海を知らず」だけに、カエルとウミガメのお話です。

ある時井戸のふちに足をかけていた蛙(カエル)が、海に住む亀に言いました。

「僕の井戸は素晴らしいんだよ。この世で一番広いし、おまけに井戸の中にいながら青空を眺めることができるんだよ。それにね、僕はこの井戸の中で一番強いんだ。つまり僕がこの井戸の王様。特別に君も入れてあげるよ。」

亀は答えました。「いや、いいよ。私が住む海は例えようもないくらい広いし深いんだ。そんな狭い井戸になんか入りたくないよ。」

蛙は自分の知らない大きな世界があることに驚き、亀は蛙の見識の狭さに呆れましたとさ。

これらの話から、「井の中の蛙大海を知らず」とは自分の世界が全てであると思い込み、更に広い世界があることに気づかず得意になっている愚かなものという意味で捉えられるようになりました。

「井の中の蛙大海を知らず」には続きがあった!?

狭い世界の知識だけで威張っている世間知らずというようなネガティブなイメージの強い「井の中の蛙大海を知らず」ですが、後世になって日本に語り継がれたあと、日本人によって続きの文言が付け加えられ、なんとポジティブな言葉に変身しました。

井の中の蛙大海を知らずに続く言葉

故事成語辞典や国語辞典を調べても、「井の中の蛙大海を知らず」に続く文言についての記載はありませんでした。インターネットで調べると、井の中の蛙大海を知らずのあとに続く言葉は複数のパターンがありました。

・井の中の蛙大海を知らず、されど空の高さを知る
・井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さ(青さ)を知る
・井の中の蛙大海を知らず、されど天の高さを知る
・井の中の蛙大海を知らず、されど地の深さを知る

この中で、よく言われているのが「井の中の蛙大海を知らず、されど空の高さを知る」と「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さ(青さ)を知る」の2つです。

井の中の蛙大海を知らず されど空の高さを知る

これは2004年に放映されたNHK大河ドラマ「新選組!」(監督:三谷幸喜)の劇中で香取慎吾演じる新撰組局長近藤勇が放った台詞です。

開国を進める外国人が近藤に「私はこの国のことを、この素晴らしい国のことをもっともっと世界に紹介したい。日本のことわざにもあるではないですか。『井の中の蛙、大海を知らず』。もっと自分の国に誇りを持ちなさい。自信を持ちなさい。」と話します。

その後紆余曲折あって暗殺されそうになったその外国人を助けた際に近藤が「さっきの言葉には続きがあるのをご存知ですか」と訪ね、「井の中の蛙、大海を知らず。されど、空の高さを知る」と付け足しました。

そもそも「井の中の蛙大海を知らず」という言葉は、広い世界があることを知らず自分の世界のものさしだけで物事を考え得意になっているさまを表す言葉であり、この外国人が語った台詞の「井の中の蛙大海を知らず」は本来の意味とは異なる使い方をされています。

また、近藤勇の「井の中の蛙大海を知らず、されど空の高さを知る」も史実とは少し異なります。敢えてこのような使い方をしたのかは監督のみぞ知る、です。

なお、これは実際に近藤勇が語ったという記録はありません。あくまでもドラマの中でのお話です。

井の中の蛙大海を知らず されど空の深さ(青さ)を知る

実はこちらが正しいとされる続きです。「井の中の蛙大海を知らず」という言葉が日本に伝えられた後に、日本人によって後半部分が付け足されたとされていますが、いつ、誰が言い出したのかは記録に残っていません。

荘子は「視野を広げることで物事の真理をつかめる」と伝えていますが、逆に狭い世界にいるからこそ、その道を深く極めることができる、という解釈です。細部にこだわり、とことんまで突き詰める職人気質な日本人ならではの解釈といえるでしょう。

「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さ(青さ)を知る」に類似する名言

「井の中の蛙大海を知らず」に続く後半の言葉は、後に日本人によって付け加えられたものですが、真理としてはあながち間違ってもいません。なぜなら、世界の偉人達も似たようなことを言っているのです。

アルバート・アインシュタイン

「わたしは天才ではない。ただ、人より長くひとつのことと付き合ってきただけだ。」

アインシュタインはドイツ生まれの理論物理学者です。「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」などを提唱し、『現代物理学の父』と呼ばれています。

9歳でピタゴラスの定理を証明したとも言われる天才ですが、本人は自身のことを天才とは考えていませんでした。天才でなくとも、ひとつのことに集中し追求していけば深い知見を得ることが出来る。まさしく「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深きを知る」そのものと言えるでしょう。

セオドア・ルーズベルト

「Do what you can, with what you have, where you are.」
あなたのできることをしなさい。あなたのもっているものを使って、あなたのいるところで。

セオドア・ルーズベルトはアメリカ第26代大統領です。ニューヨーク下院議員や海軍次官を歴任し、副大統領就任中にウィリアム・マッキンリー大統領が暗殺され、歴代最年少の42歳で大統領となりました。

独占禁止法の制定や日露戦争の停戦を仲介し、その功績でアメリカ人として初のノーベル賞(平和賞)を受賞しました。今でも歴代大統領の中でトップクラスの人気を誇る人物です。

幼少期は病弱で運動も苦手でしたが、博物学と海軍の歴史を非常に好み、海軍で多くの功績を残し、また、大統領退役後は自らアマゾン探検を行い、当時「謎の川」と言われていたドービト川の調査に成功、ブラジル政府により河川名はルーズベルト川へと変更されました。

非常に偏った分野ではありますが、その分野における見識を深めることで成功を収めた人物と言えます。

「井の中の蛙大海を知らず」の類義語

「井の中の蛙大海を知らず」の言い方を変えただけのもの

 ・井蛙(せいあ)は以って海を語るべからず
 ・井底の蛙(せいていのあ)

「秋水篇」の別の部分を切り出したもの

・夏虫は以って氷を語るべからず
・夏の虫氷を笑う(疑う)

井の中の蛙大海を知らずの由来である「秋水篇」には、「井蛙は以って海を語るべからず、虚に拘めばなり。夏虫は以って氷を語るべからず、時に篤ければなり。曲士は以って道を語るべからず、教に束わるればなり。」とあります。

「井蛙は以って海を語るべからず」の部分が「井の中の蛙大海を知らず」、「夏虫は以って氷を語るべからず」の部分が「夏の虫氷を笑う(疑う)」となり、意味は全く同じです。

似た意味の慣用句

・針の穴から天を覗く
・葦の髄から天井を覗く

針のような細い穴を通して天を見ても、天のごく一部しか見えないように、自分の狭い見識で物事を判断しようとすると大きな失敗をする、というたとえです。また、大して能力がない者が、大きな物事に取り組むことの無益さをいう場合もあります。

似た意味の四字熟語

・夜郎自大(やろうじだい)

「夜郎」は『史記』西南夷列伝に記述される前漢末期まで存在した小国です。当時すでに強大な国家を作り上げていた漢が他の大国を牽制する目的で夜郎国との関係を深めようと使者を派遣した際に、夜郎王が「漢孰與我大」(漢と我といずれが大なるか)と尋ねたことより、「世間知らずで、自信過剰」を表す「夜郎自大」(夜郎自らを大なりとす)の故事成語が誕生しました。

・遼東之豕(りょうとうのいのこ)
豕とは豚のことです。ある時、遼東という国の農家で頭の毛が白い豚が産まれました。

遼東ではそのような豚は見たことがなかったので、農家の男はこれは珍しい豚だと思い、皇帝へ献上するために河東の国へ連れて行ったところ、河東の豚はみな白く、全く珍しくなかったため、恥をかいて自国へ帰った、という話より、「ごく当たり前のことを独りよがりで得意に思うこと」を「遼東之豕」と言うようになりました。

英語の類義語

「井の中の蛙大海を知らず」はそのまま英訳をしても同義の言葉として通用します。

▶The frog in the well knows nothing of the great ocean.

なお、他にも同義の英語表現はいくつかあります。

▶He that stays in the valley shall never get over the hill. (谷に留まる者は、丘を越えることは出来ない)
▶He who is in hell knows not what heaven is.(地獄に居る者は、天国を知らない)

「井の中の蛙大海を知らず」の対義語

「井の中の蛙大海を知らず」のことわざの意味・例文・由来

「井の中の蛙大海を知らず」に明確な対義語はありません。上記で紹介した「されど空の深さ(青さ)を知る」をつけることで対義と捉えることができます。

広い視点も狭い視点もどちらも大事

ここまで、「井の中の蛙大海を知らず」ということわざの成り立ちやその後に追加された新たな文言について、また「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さ(青さ)を知る。」に類似する偉人の名言について紹介してきました。

「井の中の蛙大海を知らず」ということわざは、自分の世界が小さなものであることに気づかないで得意になっている愚かな様を表現したものですが、「されど空の深さ(青さ)を知る」という言葉を付け足すことによって、狭い世界の中でもその道を深く追求すれば深い知見を得ることが出来るというプラス思考の解釈が出来るようになりました。

荘子は「井の中の蛙大海を知らず」という言葉を通して、大局を観ることの重要性を説きました。大局を観るとは、より高い視点から、より広くワイドに、より長期的な展望で、注意深く本質を見ることです。そうすることで、問題を解決するより良い方法が見つかったり、起こりえる様々な問題を予測して前もって対処できるようになります。

一方、日本人が「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さ(青さ)を知る」といったように、特定の物事に集中し、細部にとことんこだわることによって、より良いものが作り出されることも事実です。どちらの視点も大切にしなければいけません。

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